エレファントカシマシ All Time Best Album THE FIGHTING MAN


1988年3月21日に発売されたエレファントカシマシのメジャーデビューアルバム「THE ELEPHANT KASHIMASH」。
その冒頭を飾る曲のタイトルは、「ファイティングマン」でした。
1997年3月14日に発売された14枚目のシングルのタイトルは、「戦う男」でした。
そして、この曲の発売から約4か月後、バンドにとって最大のヒット曲となる「今宵の月のように」を発売するわけですが、それまでの10年間、彼らはずっと戦い続け、そしてその後も、ずっとずっと戦い続けてきました。

2017年3月21日。エレファントカシマシのデビュー30周年を記念するこの日に発売されたのは、ボーカルの宮本浩次自らが、これまで発表された全楽曲から30曲を選曲した2枚組のオールタイムベスト。これまで幾度となくベストアルバムは発表されているので、「ううむ、またか。」という思いが交錯しているのも事実ですが、本人が選曲し、それを「Mellow & Shout」「Roll & Spirit」という二つのコンセプトに分類、それぞれ15曲ずつを収録したということ自体が、実はとても大きな意味を持つのだろうと感じています。
「Mellow & Shout」については、前述の「今宵の月のように」以降、言うなればバンドの大きな転換期を経た後の楽曲がメインとして収録され、一方の「Roll & Spirit」については、デビューからの苦難や紆余曲折、4人がまさに「戦う男」として立ち回っていた頃の楽曲が多く収録されています。
間違いなくエレファントカシマシにとって転機の曲となった「今宵の月のように」から始まり、デビューアルバムの最初を飾る「ファイティングマン」で幕を下ろすという30曲。このコンセプトだけでも、個人的には思わずニヤリ。
必ずしも全てがシングル曲というわけではないというところも、いいです。(これは今までのベスト盤も同じような編集でしたけれど。)

プロダクツは3種類用意されていて、通常盤、初回限定盤、そして完全受注生産盤。完全受注生産盤はその名の通り既に発売は終了していて、現在は通常盤と初回限定盤が市場で販売されています。

通常盤は2CD。初回限定盤は2CDに加えてこれまでの30年のライブの歴史がわかる「LIVEHISTORY DVD」として17曲が収められたDVDが付いています。

ちなみに私もゲットした完全受注生産盤は、通常盤の2CDに加えてデモ音源やレアトラックを収録した9曲入りのCD、更には1995年6月21日に行われた下北沢シェルターのライブ映像のDVDと、デビュー30周年を前に行われた下北沢シェルターのライブ映像とインタビューを収録したDVD、そして幼少期や海外を訪れた際のプライベートショットやアルバムジャケットに解説も収蔵した100ページに及ぶ「HISTORY PHOTO BOOK」がパッケージされています。

【収録内容】
2CD
(Disc1)Mellow & Shout
1.今宵の月のように
2.悲しみの果て
3.四月の風
4.風に吹かれて
5.夢のかけら
6.友達がいるのさ
7.俺たちの明日
8.笑顔の未来へ
9.リッスントゥザミュージック
10.翳りゆく部屋
11.桜の花、舞い上がる道を
12.ハナウタ~遠い昔からの物語~
13.新しい季節へキミと
14.ズレてる方がいい
15.夢を追う旅人

(Disc2)Roll & Spirit
1.ガストロンジャ―
2.デーデ
3.奴隷天国
4.花男
5.戦う男
6.so many people
7.コール アンド レスポンス
8.暑中見舞-憂鬱な午後-
9.俺の道
10.歴史
11.大地のシンフォニー
12.Destiny
13.RAINBOW
14.涙
15.ファイティングマン

ボーナスCD
(demo & レアトラック集)
ファイティングマン / デーデ / 星の砂 / ゴクロウサン / やさしさ
(2回目のヤマハポプコンに出場した時期に録音されたdemo音源)

ポマーシャ― / ビリージャー
(1983年頃、目黒キャットシティのライブより。高校時代の非常にレアな音源)

昔の侍
(1994年に録音された仮歌音源)

俺たちの明日
(COUNT DOWN JAPAN 06/07でのライブ音源。YANAGIMANプロデュース前の原初の形)

DVD
(Disc1)1995.6.21 下北沢シェルターLIVE映像(9曲収録)
1.夢を見ようぜ
2.ライヴにせかされて
3.悲しみの果て
4.baby自転車
5.孤独な旅人
6.baby baby
7.さよならばかり
8.始まりはいつも
9.花男

(Disc2)2016.12.27 下北沢シェルターLIVE映像(20曲収録) & 30周年振り返りインタビュー映像
1.夢をみようぜ
2.デーデ
3.星の砂
4.孤独な旅人
5.悲しみの果て
6.四月の風(ファーストバージョン)
7.愛の日々
8.過ぎゆく日々
9.明日があるのさ
10.真冬のロマンチック
11.珍奇男
12.夜と朝のあいだに…
13.ゴクロウサン
14.Baby 自転車
15.うれしけりゃとんでゆけよ
16.OH YEAH!(ココロに花を)
17.お前の夢を見た(ふられた男)
18.花男
EN1.ハナウタ~遠い昔からの物語~
EN2.ファイティングマン

2CDについては、もちろんリマスターが施されているわけですが、30年のキャリアを30曲にまとめるわけですから、「あの曲がない」「あの曲も収録して欲しかった」という声が挙がるのは目に見えていました。実際、Amazonのカスタマーレビューではそういう声がちらほらあるようですが、それを言い始めたらキリがないワケですよ。ここは「宮本氏の選曲だから」と納得しましょうよ。

また、DVDに関しては、初回限定盤と完全受注生産盤の内容が異なっています。初回限定盤のDVDには、これまで未発表だった様々なライブステージの模様も収録されており、実は完全受注生産盤に収録された2枚のDVDより、こちらの方が見所満載だということを、宮本氏本人がインタビューで語っていたようです。

その中にも収録されているデビューしたての頃の映像では(伝説の番組となった「eZ」という地上波放送で、かつて放映されたことがあります)、会場は客電が付いたまま、観客は座席から立つことも許されず、ステージ上では観客に対して喧嘩上等で立ち振る舞う宮本氏の姿が。そんな悪態を目の当たりにして、このバンドはきっとそのうち仲間割れするんだろうなあ、と思っていました。(ちなみにこの時のライブ音源は、25周年の際に発表された「THE ELEPHANT KASHIMASHI」のデラックス盤にノーカットで収録されています。)

それが気がついたら30年間、一度たりともメンバー変更を経ることなく、4人でここまで駆け抜けてきました。
不条理な社会、理不尽な力に対する抵抗から、怒りに満ちた力を放出し続けた80年代、90年代。
やがて、そんな不条理な社会や力の中で、もがき苦しみ、そして戦い続ける人々に対する力やバネへと形を変えていったような00年代以降。僕自身、彼らの楽曲に何度励まされ、勇気づけられたことか。

一言で30年とはいうものの、自分の身に置き換えてみると、地元の高校と大学を卒業し、期待を胸に飛び出した社会で辛酸を舐め、良き伴侶を得、肉親を失い、そして朧気ながら先のことを考え始めるようになるまでに30年という月日が経ちました。この間、悲喜交々ホントに色んなことがあり過ぎました。新しい友や仲間を得る一方で、失うことも多かった30年間。そう考えると、30年って実に長いものです。

そしてもうすぐ4月。桜の咲く季節になると、彼らの曲ってとても心に響くんですよね。「ハナウタ」「四月の風」「桜の花、舞い上がる道を」、この三曲だけで春を充分感じることができるぐらい、素晴らしい楽曲。とにかく彼らの曲が、とても胸に染みる季節です。

デビュー30周年を記念して、47都道府県を回る全国ツアーが3月20日の大阪城ホールを皮切りにスタートしました。青森県では、日本一の桜を誇る弘前公園、その一角にある弘前市民会館で(4月ではなく)10月に開催されるというのが、何とも感慨深いです。

彼らはこれから先も、ずっとずっと何かと戦い続けるのでしょう。
これからも、そんな戦い続ける彼らの力を借りながら頑張っていきたいなぁ…なんて、いかにもありがちな当たり障りのない所信表明でどうもすいません。


大澤誉志幸 Song Book



大澤誉志幸のデビュー35周年記念作品はアーティスト・シンガー“大澤誉志幸”と、ソングライター“大澤誉志幸”が同時に楽しめる作品。大澤誉志幸自身のヒット曲と、大澤誉志幸が提供した楽曲を自身によるセルフカヴァー・バージョンで収録したDISC-1、大澤誉志幸が提供した楽曲をオリジナル歌唱アーティストの音源で収録したDISC-2による、単なるベストとは一線を画す、ミュージシャン・大澤誉志幸の偉大なる35年の足跡を音で刻んだメモリアル作品。

なかなか面白いアルバムです。もっと言うならば、結構マニアックなアルバムです。
簡単に説明するならば、ベストアルバムとコンピレーションアルバムとの合体盤。既に彼の「ベスト盤」はたくさん発売されていますので、こういう作品を発表することができるのは、大澤氏のソングライターとしての手腕によるところでしょう。
DISC-1は、本人の既発の楽曲と、新録1曲に新曲2曲を収録。
DISC-2は、様々なアーティストに提供した楽曲を、オリジナルの楽曲のまま収録しています。鈴木雅之、吉川晃司、中森明菜、沢田研二、本木雅弘、八代亜紀、石川セリ、松田聖子、アン・ルイス、ビートたけしなど、こんなバラエティに富んだ名前が並ぶだけでも、何かマニアックっぽい感じがしませんか。この2枚で、大澤誉志幸のアーティストとしての片鱗と、ソングライター・プロデューサーとしての片鱗との双方を垣間見ることができる、という点で「面白い」と評させて頂きました。ただし、オールタイムな作品ではなく、かつとりわけDISC-2については80年代の楽曲がメインですので、正直「古っぽさ」を感じるのは致し方ないところかも知れません。

数年前に佐橋佳幸が発売したアルバムのコンセプト(あちらは、佐橋氏がギタリストとして参加した楽曲のオリジナルを収録)とか、岡村靖幸の「Me-imi」デラックス盤(こちらはオリジナルアルバムと他のアーティストへの提供曲を同梱)のコンセプトに似ている感じでしょうか。

ただ、これでも充分なんですが、何かが惜しいんですよ。
ワガママでどうもすいません。すいませんと言いつつ、欲を言うならば…。

  • DISC-1は、DISC-2の楽曲と同じ曲を、同じ順で収録して欲しかった。恐らくDISC-2に収録されている幾つかの提供曲は、これまで自身の曲として発表していないものもあるため、結果的には新曲となってしまうけれど、それはそれで聴いてみたかった。敢えて「そして僕は途方に暮れる」とか「ゴーゴーヘブン」といった代表作を外す、という選択肢もあったのでは。「単なるベストとは一線を画す」というのであれば、尚更そうして欲しかった。
  • それができないのであればDISC-1は、できれば今の音、つまり全曲セルフカバーで聴いてみたかった。渡り鳥ツアーの時の音源でもいいし、別にアコギ1本と打ち込みだけでもいいので、「今の大澤誉志幸」を敢えて主張して欲しかった。
  • こういった作品から新しいファンを発掘することはもちろん大切。でも、古くからのファンも一つよろしくお願いします。大丈夫、古くからのファンはマニアな人が多いはずですから。
  • DISC-2に収録された各楽曲について、楽曲を提供するに至った背景とか今だから話せる裏話とか、何かそういった解説があったら、もっと作品への愛着が深まって良かったのに。
  • もっとも、5年ごとに毎回毎回ベスト盤を発表されるよりは遙かにマシ。ただ、正直言ってこのアルバムが何を意図するのかがよくわからない。だって、もっと前に発表できたような内容だと思うし。だからこそ、何とも言えぬ中途半端な感じが滲み出ているワケですよ。

といった感じで、欲を言い出せばキリがないとはいうものの、これだけのボリュームがありながら新曲・新録がたった3曲のみっていうのは、やっぱりちょっと寂しいですよ。まあ、DISC-2の録り直しはほぼ不可能とはいえ、何かもう一ひねり欲しかったなあ…というのが率直な感想です。

ちなみにDISC-2には、現在同じレコード会社に所属している山下久美子が絡んでいる楽曲が3曲収録されており、長い間にわたって親交を深めてきたことを垣間見ることができます。お二人の最近の活動、共同名義のコラボレーションアルバムを2作発表したり、ディナーショーに一緒に出演したりしていたこととかは存じていましたが、実はそういう伏線、つまりレコード会社のあからさま過ぎる策略みたいなものがあるんじゃないか、と感じてしまったことに、ちょっとした違和感を覚えたのかも知れませんが。
まあ、それ以前にご本人が「昔のソングライティングのおかげで今でも別に好きなことやっても喰っていけるし、好きなことをやらせてもらう。」みたいなことを、前に観たライブでお話ししていたので、今更華やかな表舞台で日の目を見るような活躍を望んでいるわけではないんでしょうね。相変わらず斜に構えていて意地っ張りなのかも知れませんが、僕はそういうところ、嫌いじゃないです。
(以上敬称略)


2017年3月3日、東京駅の撮影


今年度最初で最後となる東京への宿泊を伴う出張。出張に合わせ、今回もカメラを持参。せっかくなら東京駅の夜景を撮影しようと思い、移動日となった3月2日18時過ぎに東京駅に降り立った私、この日の約束の時間の前に、丸の内にある新丸ビルディングへ向かいました。

ところが…

よりによって、雨。夕方には降りやむと聞いていましたが、傘を差さないと辛いぐらいの、雨。7階にある丸の内ハウスからテラスに出ると、立ち入るエリアも規制されていました。ついてない…。

しょうがないので、新丸の内ビルディングを出て、行幸通りへ。雨に当たるのも嫌だし約束の時間も迫っていたので、ひとまずこれだけ撮影して終了。あー…残念無念。

翌日、業務が終わったのが17時40分過ぎ。夜の約束の19時までには時間がありましたので、有楽町にある東京国際フォーラムから、昨日のリベンジとばかりに再び東京駅へ向かいました。

日暮れの時間帯、いわば「薄暮」。まずは、KITTE6階の屋上庭園へ。ちなみにKITTEも新丸の内ビルディングも三脚の使用は禁止なので、手すりにカメラと腕を固定して撮影しないと、画像がブレまくります。特に夜景の撮影時は大変です。

まだ東京駅のライトアップが始まる前。上空には灰色の雲が広がり、大手町のビル街に反射しています。KITTEでは前回も撮影しているので、これだけ撮影して撤収し、新丸の内ビルディングへ移動。

昨日とは違ってテラスが全面開放されており、既に何人かの方がカメラを構えていました。ふと時計を見ると18時。ちょうどライトアップが始まりました。それでは、時間の経過とともに表情を変える東京駅の姿をいくつか。

18時過ぎ、ビルの反射がレインボーに輝いています。そしてここから夜に向けて、徐々に空の色とビルの明かりが変化していきます。

18時10分。空の色がいい感じです。

18時15分。更に空の色が濃くなり、ライトアップが際立ってきます。

18時20分。丸の内南口方向。KITTEもいい感じでアクセントに。

18時30分。三脚が使える行幸通りから正面。しかし風が強く、三脚はあまり使い物になりませんでした。前方では、東京駅をバックに新郎新婦の前撮りが行われていました。最初は邪魔だなあ、ここ一応公道なんだよなあ、と思いましたが、逆手に取って被写体として利用させていただきました。

使ったカメラはCanon EOS kiss x50という超低スペックな一眼レフカメラ。ISOは200で設定、シャッタースピードは1/8~2.5秒でした。絞りは7.2~11と、かなり設定をバラバラにして撮影してみましたが、何せ風が強く、手ブレに苦労しました。ちなみに今回紹介した画像は、全てHDR処理を施しています。


東日本大震災復興フォーラム in 東京


東日本大震災の発生から間もなく6年が経とうとしています。
被災各県の復旧・復興の歩みはそれぞれに違っていて、中にはまだスタートラインにすら立てていない人たちが数多くいると言われています。
そんな中でこういう宣伝をするのはちょっと心苦しいのですが、何卒お許し下さい。

3月3日13時30分から、東京国際フォーラムのステージイベント【ホールB7】において、東北地方の被災4県合同による「東日本大震災復興フォーラム in 東京」が開催されます。
この日は東京都が主催する「東京から元気を届けよう!復興応援2017」も開催される予定となっており、こちらは11時30分から開催されます。(事前エントリーが必要でしたが、席に余裕があるとのこと、当日も受付するそうです。)


ウェブサイトはこちら。

11時から17時までは、地上広場において物販・飲食コーナーが設けられるほか、ホールB7のサブステージにおいて、写真パネル展や各県の復興状況などを展示する情報発信ブースが設けられることとなっており、こちらはエントリーにかかわらず入場することができます。

さて、震災から間もなく6年という中、震災に対する記憶が風化しつつあるということは言うまでもなく、復興が順調に進んでいる地域では、防災に対する心構えが希薄になりつつあるのではないかという懸念を抱いています。実際、ここ最近は新聞などで報じられる機会がだいぶ増えてきましたが、平時は震災関連の記事があまり掲載されていない方が多くなりました。

「青森県も地震の被害を受けたのですか?」

昨年の復興フォーラムの会場で、何度か聞かれた質問です。

はい。青森県も被災県の一つです。

確かに被災3県と言われる岩手、宮城、福島の各県と比較すれば全然大したことがないのですが、太平洋沿岸の4市町には津波が押し寄せ、死者3名、行方不明者1名の他、家屋の倒壊や負傷者が多数発生しました。

そんな状況の中、被害の範囲が狭かったからと言われればそれまでですが、インフラなどはいち早く復旧を遂げ、八戸港も太平洋沿岸地域で被災した港の中では一番最初に復旧、この他避難道路や津波避難施設等の施設整備も順調に進んでいますし、県内各市町村では防災対策に向けた取組も着々と進んでいます。

そうそう、こんな発言をした人がいたことも思い出しました。

「青森県は、もう震災から復興したんでしょう?復興宣言しても、いいんじゃないですか?」

県外から青森県への避難者は未だ400人を数え、県外では依然として復旧・復興が道半ばであり、帰還するのが難しいという現実を印象づける内容となっています。

そんな方々の目の前で、「青森県はもう震災から復興しました。復興宣言します。」と言えますか?
僕だったらそんなこと、口が裂けても言えないけどな…。

ということで、どうしても被害が甚大だった3県に目が向けられる中、実は本県含め他県でも被害が大きかった、ということだけは改めてこの場でお伝えしておきたいと思います。

さて、話を戻して震災復興フォーラム。
青森県からも地上広場の出店ブースにおいて県産品の販売や観光PRを行っているほか、当日は私も、ホールB7のサブステージで青森県のブースの運営を行っている予定です。

昨年、「青森県も地震の被害を受けたのですか?」と聞かれ、青森県の復興への取組に関するものをほとんど何も持ち合わせていなかったという反省を踏まえ、今回は自ら手がけた「東日本大震災からの創造的復興への道のり」を持参し、青森県の「今」をお伝えしたいと思っています。

全くもって余談なのですが、本日(3月1日付け)の地方紙3紙(東奥、デーリー、陸奥)に掲載した県の広報に東日本大震災記録誌についての紹介を掲載しました。青森県HPのトップページには、震災から6年を迎えるに当たってのバナー(アイキャッチ)を設置しました。ちなみにこのバナーは、東日本大震災記録誌にリンクされています。
そして、青森県における震災からの復旧・復興の取組をまとめたPDFを、同じく県ホームページにて公開しました。(持参するのは、このページに掲載されている下段のものです。)

もしよろしければ、合わせてこちらもご覧下さい。

皆さまのご来場、心からお待ち申し上げます。


『SIM熊本2030(対話型自治体経営シミュレーションゲーム)@青森』体験会の体験記


3度目となる青森中央学院大学、佐藤淳准教授の公開講座への参加。
今回は、「SIM熊本2030」という対話型自治体経営シミュレーションゲームの体験でした。

以下、告知内容。

【青森中央学院大学佐藤淳研究室公開講座】
『SIM熊本2030(対話型自治体経営シミュレーションゲーム)@青森』体験会
自治体の財政問題が注目される中、行政職員を中心に、財政を考えるきっかけとして全国に広がり始めている対話型自治体経営シミレーションゲーム「SIM」。そのオリジナル版である「SIM熊本2030」の開発者である熊本県庁の和田大志さんをお招きして、青森県内初のSIM体験会を開催します。
「SIM」とは、2030年までに架空の市に迫り来る課題に対し、その市の幹部となって1チーム5〜6人で解決策を探るシミュレーションゲーム。チームでの対話により事業の選択と集中を進め、課題を乗り越え、2030年に市を理想の街に導きます。オリジナル版の熊本からスタートして、現在各地にご当地版が誕生しています。

日時:2017年2月25日(土) 13:30~17:30
場所:青森中央学院大学7号館1階フリースペース
講師:熊本県庁 和田大志さん
・「SIM熊本2030」開発者
・早稲田大学マニフェスト研究所人材マネジメント部会
マネ友
対象:地方自治体の財政問題に関心のある、行政職員、地方議員、市民
*初心者の方でも楽しく参加できます。
参加費:無料

1チーム6人で構成されたチームのメンバーは、それぞれが何をしている人なのか素性を明かさぬまま、架空の市の部長に任命され、各部の事業カードと財源が渡されたところからゲームがスタートします。

恐らく今後、各地の自治体が直面であろう人口減少問題や高齢化の問題、そしてそれによって起こる税収減や社会保障費の増大による起こる様々な課題に対してどういった対応をするのかを、1クール当たり25分間でプレイヤーの各部長が知恵を出し合いながら解決への方向を探り、結論まで持って行かなければなりません。更に、課題解決に向けた財源を捻出するために、限られた事業を削減するとともに、それに伴って発生する新たな影響への対応や、住民や議会、場合によっては首長に対する説明責任などを、どのように果たしていくのかを考えます。

そこで納得の得られる説明ができなければ、事業の削減は認められず、公債を発行することとなります。
そして、公債の発行が続いた場合、当然その市は財政破綻した、と見なされてしまいます。つまり、ゲームオーバーということに。

あまり深く考えず、何か面白そうだな、と思って参加してみたのですが、いざ始まるとこれがもう、スリリングというか緊張の連続。「初心者の方でも楽しく参加できます」という触れ込みでしたが、心の底から「楽しい」とは言い難いゲームでした(苦笑)。

実際、かなり熱い議論や丁々発止に近いやり取りを交わす場面もあったりで、これがゲームで本当に良かった…と思う場面にも何度か遭遇しました。

(査定役に回った講師の和田さんに、選択の内容を「糾弾」されている様子(笑)。このポーズをしている時は、思考停止に陥っているか、腑に落ちないことがあったかのどちらかだと思います。)

(皆さん笑っていますが、内心かなりビビっています。腕を組んだまま警戒心を解いていないのが何よりの証拠。)

開始から3時間が経過してようやく明かされたグループメンバーの素性。僕が参加したグループは議員1名、自治体職員3名、学生1名、そして民間人1名というバラエティに富んだ構成でした。

始まった直後はあまりにも唐突な課題への対処に困惑し、チームの中も何となくギクシャクしていた感がありましたが、架空の市(たまたまテーブルの上にジャスミン茶のペットボトルがあった、という理由で「ジャスミン市」と命名)の進むべき方向性が決まった後は、各部長が単なるその場しのぎの思いつきではない知恵と発想を出し合いながら、比較的それ相応の取捨選択ができたのではないかと思っています。(僕が今後の方向性や取組方法を発言したら、「それを紙に書いてください!」と和田さんに咎められました。)


…ただし、発想が飛躍しすぎて「都合の良い解釈」になっていたこともありましたが。

(いたって本気に考えていたんです。こんなに真剣になるとは!)

ジャスミン市の基幹産業をどう発展させ、その中で高齢化社会や少子化といった課題にどう対応していくか、そのためにどういった自治体運営を進めて行くべきか。限られた時間の中で限られた選択をしなければならないという、非常に緊張感あふれる状況の中、かなりピリピリした空気が流れました。これはこのゲームを実体験してみないと、なかなか伝わりにくいと思いますが、私、ゲームの途中で何度思考が停止状態に陥ったことか。というか、最初から偏った思考(実はずっと、「市民の命を守る」という考えに固執していました)を抱き続けていたために、同じチームの皆さんには色々ご迷惑をお掛けしてしまったかも知れません。
我々の業界には「縦割り」という言葉が蔓延っていますが、まさにこの「縦割り」を排除するとともに、縦横斜めに丸く四角くく…いや、縦横無尽というか四次元的な発想を展開しないと、説明責任は果たせないのだな、ということを強く感じました。

(「ジャスミン市」の進むべき方向性が固まりつつある中、ようやくみんなのベクトルも同じ方向に。)

しかし、これほど緊張感を強いられるとは思ってもみなかったことなので、終わる頃にはすっかり疲労困憊でした。
肉体的な疲労ではなく、精神的というか、頭脳の疲労。

(2030年における「ジャスミン市」のあるべき姿を議論中。)

13時30分から17時30分までの間に挟んだ休憩はわずか15分のみで、参加された皆さんがこぞって「脳に汗をかいた」と感想を漏らしていたのを拝見しながら、まさに的を射た適切な表現だと思いました。
頭脳が疲労を覚えるという状態に陥ることも、久しくなかったことでした。裏を返せば、これまではそれだけ「のほほん」とした日々を過ごしていたのかも知れません。

正直、この体験が終わった直後は、あまりの疲労感に「SIM熊本2030」のことなど考えたくもないし振り返りたくないと考えていましたが、こうやって改めて振り返ってみた時に、もし、もう一度違う立場(部長)として、違うメンバーでこれに取り組んだ時は、どういった結論が導き出されるのだろうか、などということを考えてしまいました。
つまり、「これが正解」という答えがないゲームなんですね。


2030年問題、すなわち超高齢化社会の到来は、日本国内どの自治体にも起こりうる大きな問題であり、この問題に対してどう手を打っていくのかは、一つの自治体だけで済まされる話ではないのかも知れません。

しかしながら青森県は既に人口が130万人を割り込むという現実に直面しており、今後、様々な分野への影響が起こることは敢えてここで言うまでもないことだと思います。
その中において、どういった取捨選択をしながら自治体運営をしていくか、イメージだけではなく具体化しながら進めて行かなければならない、そういう時期がもうやってきているんだということを改めて感じた次第。

話が少し脱線します。
実はこの日の夜、頭が疲労困憊の状態ではありましたが、平川市の某氏からの誘いで、ほとんど初見といってもいい顔ぶれ(1~2度会っている方が大半)が集結した飲み会へ足を運びました。(…そして二次会の途中から記憶を落としました。Instagramにアップしましたが、なぜか自分の影の写真を撮影していたみたいです。)
そこに、とある高等学校の先生が同席されていたので、以前から悶々と考えていることを一つお話ししました。端的、ではないのですが、こういうことです。

青森県でも少子高齢化が進んでいるとはいうものの、実はその「少子」を、県として活かし切れていないのではないか。つまり、本県の学生や生徒の中には優秀な能力や才能(以下「能力」とだけ言います。)を持つ人たちが数多いるというのに、県(行政側)はその人たちの能力を見過ごしたまま、その能力の県外への流出を食い止めるための手段を全くといっていいほど講じていないのではないか。

さて、この能力を県全体で活かすためにはどうしたらいいでしょう。

その能力を活かすだけの、それに見合った雇用の場がないといった問題もあるかも知れません。
でも、そもそもそういった情報がそれぞれの立場で共有されていないということの方が、実は問題なのではないかと思ったのです。
これぞまさに縦割りの弊害。
公務員志望の学生・生徒が自治体職員や教員と交流する場は時々見かけますが、自治体職員と教員の皆さんが交流する場って、実はあまりないような気がするのです。

多分、そこで得られる情報は双方にとって結構有益なのではないか、と。そういう交流の場を設けることによって、双方のニーズを次の施策や政策に反映させていく、というきっかけにならないかなあ、と朧気ながら考えている次第です。


最後に。
体験しないとわからない、やってみないとわからないということはたくさんありますが、本県初開催となった「SIM熊本2030」の体験会、頭の中をこねくり返して硬直化していた思考を柔軟にする、という点において、非常に有意義な時間であったことは間違いありません。告知にもあったとおり、各地域版が派生して誕生しているとのことですので、本県の各自治体でも取組が一気に加速化するかも知れません。微力ではありますが、何らかの形でその取組に携わることができるのならば本望ですが、だったら自分でやれよ、と言われるのがオチなので口を慎みます。

一番心に響いたのは、「対立」を「対話」で乗り越える、という言葉。端から「否定」するのではなく、まずは「理解」する努力を怠らない。胸に秘めておこうと思います。
参加された皆さん、大変お疲れさまでした。ギリギリになってからの参加申込みを快く受け入れて下さった佐藤准教授にも、この場を借りて御礼申し上げます。本当にありがとうございました。