お盆の過ごし方


暦の上では、今日がお盆の最後、いわば送り盆最終日ということになるみたいですね。昨年から8月11日が「山の日」として祝日になったことを受け、その恩恵を受けることとなった人も多いのではないでしょうか。

ちなみに私、昨年は12日金曜日に年次休暇を挟んだことにより4連休、今年は14日に夏季休暇を入れたことにより同じく4連休となるはずだったのですが、結果的に11日の「山の日」は昼から夜まで仕事となってしまい、危うく14日の夏季休暇も取り消ししなければならないのかとハラハラしていましたが、何とか夏季休暇の消化を無事に終えることができました。

ところで、お盆といえばバーベキュー。ふと思ったのが、なぜお盆になるとなぜバーベキューをやりたがるのか、という素朴な疑問。これは全国的な風習なのでしょうか? 庭先や玄関口にバーベキュー用のコンロを広げ、人目を憚ることもなく、うちわで炭を熾しながら肉魚類を食らう、という光景を今年もあちらこちらで拝見しました。ねぷたの時期も多少目撃しましたが、お盆の時期は圧倒的にその数が増えます。家族や親戚が集まると、何となくコンロを囲みたくなるんでしょうかね?小腹を空かせながらジョギングをしていると、次から次へと鼻先に肉の脂が焦げる香りが漂ってきます。ハッキリ言って、酷以外の何者でもありません。一瞬、ひょっとしてこれは迎え火の代わりなのか?と思いましたが、なんか不思議 です。

それにしても今年のお盆は実に涼しくて過ごしやすかった!というか、何か気持ち悪いぐらいの涼しさでした。もう秋なのか?冬の準備、始めた方がいいのか?というぐらい涼しかったという…。例年であればこの時期は残暑が厳しく、夕涼みをしながら迎え火、送り火を焚いてビール(銘柄は故人指定)を飲む、というのが一つの楽しみなのに、今年は火を焚かないとビールの美味しさが半減するぐらい、涼しい、いやむしろ寒いぐらいの?お盆でした。

大体にして、飛んで火に入る夏の虫が飛んでいないのですよ。涼夏なのか、はたまた冷夏なのか…。そういえば昔は焚いた火の横で、こぢんまりと花火をやっていたなあ…なんてことを思い出しつつ、今年も火を眺めながら物思いに耽っておりました。

さて、夏季休暇の最後の消化日となった14日は、ふと思い立って妻と愛犬を車に乗せて北秋田市にある母の実家へ。母の実家へは既に前日から母と妹、甥っ子が訪問していたのですが、妹にだけこれから向かう旨を知らせ、いわばサプライズで訪問。 ところがいざ訪ねてみると、ビックリされたまでは良かったのですが、その直後に思いがけず大人数が集合することとなり、こちらがビックリするハメとなりました。八王子の従姉家族や仙台の従妹母娘、更には先日手術を終えて退院したばかりの伯父にも会うことができました。 僕にしてみると、祖母が亡くなって以来の大集合だったかも知れません。ちなみに昨年はもっと大集合だったようなのですが、その際は僕がいなかったんだそうです。

うちらの滞在時間はわずか2時間足らずでしたが、祖父母と伯母の墓前に花を手向ることができて、何となくホッとした一方、帰る途中で、そういえばみんなで集合写真撮るのを忘れたし、いつものあそこに立ち寄るのも忘れたな、とちょっぴり後悔したり。

ということで母方の実家に偶然のタイミングで従姉妹をはじめとする親戚がドッと集まったというのは、何とも不思議な光景で、見るたびに成長する従姉妹の子どもたちを目の当たりにしながら、自分も年齢を重ねているのだなあ、と感じた次第。いやぁ、集合写真を撮影しなかったこと、この先の後悔になりそうだなあ…。

閑話休題。
お盆の過ごし方は、各家庭、地域によってそれぞれバラバラだと思います。長い休みに入っている人もいると思いますし、お盆も関係なく仕事をされている方だっています。 以前であれば、当時、千葉県市川市に在住していた妹が帰省してくる時期でもあったため、帰省を前に何となく家の中がそわそわした感じがあったのですが、その妹も今では弘前市内に在住しているので、帰省してくる人もいなくなりました。

また、父の本家は世界自然遺産「白神山地」の玄関口、青森県中津軽郡西目屋村の大秋という集落にあり、僕らが小さい頃は、お盆の時期になると父の兄妹やその家族が大集合し、宴会が繰り広げられるということもありました。しかし、親も子もそれぞれ年齢を重ねるとともに、新たな家庭を築いたり遠方に居を構えたりで、一同が集合するということはなくなってしまいました。

もっともうちの場合、別にお盆の時期でなくとも時々お邪魔する機会があるし、むしろ本家の従姉弟が家族を連れて帰省する時期、きっと忙しいだろうということで、敢えて訪問を避けている、ということがあるのも事実。
さて、お盆といえば色んなお供えや飾り付けがあるわけでして、うちの場合は玄関に提灯をぶら下げて、仏壇の上にはモナカの皮(のようなもの?)で作ったカラフルな灯籠をぶら下げています。

でも、キュウリとナスに割り箸を突き立てた牛と馬は作りません。

ちなみに仏前にぶら下げたカラフルな灯籠は、母の実家のお墓に行ったら、お墓の前にぶら下がっていました。他の家のお墓には、何か平べったい餅みたいなものも一緒にぶら下がっていましたが、さすがに他人のお墓ということで、撮影は遠慮しました。しかし、あの餅みたいなのは、何だったんだろう?

…そんな中、うちで「法界折」を作るというのがお盆の恒例行事となったのは、いつ頃からだったでしょうか。「法界折」については以前2度このブログで紹介していますが、今でもこの時期になるとアクセス数が一気に増えるという、こちらで生活している人間からすると、何とも不思議な現象が発生します。まあ、津軽地方独特の風習であることは事実らしいのですが、今年の法界折は、こんな感じでした。

今年は多少数が減り、製作個数は大小合わせて8個となりました。私は今回、ほとんど調理を行わず、折詰め専任でしたが…。

なお、非売品につき注文は一切受け付けしておりませんので、念のため。

午前4時からこしらえたこの法界折を持参し、午前8時頃には菩提寺へ。
うちのお寺の境内は現在、区画整理を実施中。無縁仏となったお墓が相当数あったらしく、青いシートの下には、横たわった古い墓石がチラリと見えました。この区画整理の煽りを受け、来年以降、うちのお墓も移転しなければならないらしいです。いやはや何とも。
今年は混雑が分散して良かったね、なんてことを言いながら墓参りを終えて寺を後にしようとしたら、雨後の竹の子よろしく大渋滞が発生していたという…ちなみにその足で、妻の父が眠る近くのお寺にも向かいました。

ところで我が家は、弘前市内に2か所ある寺院街のうち新しい寺院街の通りに面しています。このため、毎年13日は家の前が大渋滞となり、家から出るのもうんざりするぐらいの状況に陥るのですが、今年は13日が日曜日、しかも3連休だったということもあって、お墓参りのタイミングが分散したようで、多少ではありますが渋滞の度合いが改善されていたように思われました。…いや、これって墓参りに来る人たちが減っているのかな?

余談ではありますがうちの菩提寺はこの通り沿いではなく、古い方の寺院街、禅林街と呼ばれる通りにあり、移動するのも結構大変なのです。さらに、午前中だけでお寺を3か所、お墓を4つ回ったのですが、最後に訪れたお墓がこちら。

ここはペット専用のお墓で、昨年相次いで亡くなったハナとモモ、そして妻の実家で飼われていたピッピが眠っています。…心なしかどこのお墓よりも、このお墓が一番賑わっていました。ペットに注がれた愛情、そしてペットを想う気持ちは、人間を想うそれ以上なのかも。オラもここに入れてもらうかな、なんてことを思った次第。

そうそう、一つ心残りを挙げるとするならば、せっかく4日(実質3.5日)も休みがあったにも関わらず、初日(山の日)に出勤するハメになった結果、20キロオーバーのランニングを一度もできなかったこと。お盆休みという気分も半減し、何かもったいないことをしたなあ、と。

この件については最近思うところも大分積もり積もっておりますので、後日改めてこの場でぶちまけようと思います。


五所川原立佞武多のこと


7月下旬から8月中旬にかけては、青森県内各地でさまざまなお祭りが開催されます。

ユネスコ無形文化遺産に登録された八戸三社大祭、弘前ねぷたまつり、青森ねぶたまつり、五所川原立佞武多、平川ねぷたまつり、黒石よされ…etc

弘前市民の僕としてはやっぱり弘前ねぷたまつりを一推し…と言いたいところなのですが、実はまつりに対する思い入れ、執着がそんなにあるわけではありません。

僕にとって「弘前ねぷた」といって真っ先に思い浮かぶのは亡父のこと。あの頃の思い出をむやみに壊したくない、という思いの方が強いというのが正直なところです。

昔の弘前ねぷたといえば各町内が競ってねぷたを制作し、街を練り歩くといった印象だったのですが、時の流れと社会構造の変化とともに、最近は町内のねぷたよりも有志によるねぷたの方が増えている感があり、亡父が身に纏っていたような帯に浴衣という昔ながらの衣装ではなく、袢纏姿の人たちが凄く多くなったこと、そして、どことなく排他的というか、強い仲間意識(縄張り意識)みたいなものを感じるようになってしまい、あまり観る機会もなくなってしまいました。…なんてことを言うと弘前ねぷたを批判しているようにも受け取られかねないのですが、そういうことではありませんので念のため。

今年は連日天候に恵まれた割には夜になると涼しくなる日が多くて、熱帯夜の中で「もんどりこ」の音を聴きながらようやく眠りに就く、ということがありませんでした。逆にそれが寂しくもあり、更にはまつりが終わるとともにやってくる妙な静寂感、そしてねぷた囃子に取って代わって現れる虫の声が一気に秋を近づけるような気がして、個人的には何とも言えぬ切なさすら感じるような、そんな2017年の夏でした。

一方、今年は甥っ子が弘前ねぷたに初参加。某団体のねぷたに参加し、ヤーヤドーと叫びながら街を練り歩いたそうな。仕事の都合もあって残念ながらその姿を見ることはできませんでしたが、飽きることなく最後まで歩いたのだそうで。

「そんなにねぷたが好きなら、五所川原の立佞武多、観たら喜ぶかな。」

妻の何気ない一言から、あれよあれよと五所川原立佞武多の弾丸観戦ツアーが決定。5日の夕方に五所川原市へ向かい、立佞武多の館のすぐ近く、僕にしてみれば「走れメロスマラソン」のスタート地点と認識している場所で観戦することになりました。例年、マラソンの時に立ち寄る立佞武多の館で、仁王立ちするその姿を観ていましたが、動く姿を観るのは今回が初めて。

日が暮れ、周囲が暗くなり始めた午後7時、打ち上げ花火を合図に運行がスタート。

いきなり現れた婦人会の皆さんのこの姿を見ただけで、一気に引き込まれました。

ちなみにこの祭りに欠かすことができないのが地元出身の吉幾三さんなのですが、この日の出演はなし。聞いたところでは、前日の初日と我々が観た翌日の6日に登場したとのこと。まあ、吉幾三リサイタルを観に来たわけじゃないので…と嘯いても、実はこの方がいるといないとでは盛り上がり方が全然違っていて、観客動員数にも顕著に現れるらしいです。事実、我々が観覧した2日目の土曜日は15万人、初日は33万人との発表でした。

程なく気付いたのが、観覧する場所を間違えたということ。五所川原市内を反時計回りに周回するため、僕らが観ている位置からだと、肝心の立佞武多が建物から出てきても、背中しか見えない、ということに。しかし、そんなことはともかく程なく現れた姿に、息を呑むことに。

実は予備知識も何もほとんどなく観覧に来てしまったため、何台が出陣し、どれぐらいの時間を要するのか、そしてどこで観るのが一番いいのか、全くわからないという失態。大体にして、どれが一番新しい立佞武多なのかも知らないし…。にしても凄い。倒れることはないにせよ、倒れてきたらひとたまりもありません。

この日運行されたのは、3台の巨大な立佞武多の他に、中型の立佞武多や、青森ねぶたのような組ねぶたが数台。

月すらも蹴散らさんばかりの勢いです。

太鼓を打ち鳴らす皆さんが勇ましく。

キャラクターを題材にしたものも数台。

やがて、大トリとばかりに立佞武多の館からヌゥッと登場した2台の立佞武多に、歓声が沸き上がります。

大物が登場するまでの間、子供たちは健気に待ち続けます。
ヌゥッと大物登場。…背中しか見えないし。

「ガンダム」とも揶揄される2台の背中を見送ると、先方からは最初に現れた立佞武多が周回を終えて戻ってきました。その前方には、最後尾を意味する赤色灯を光らせたパトカー。その姿を確認した周囲の観客が、一斉に撤収を始めます。どうやらこれで終わりらしい…時計を見ると、19時55分。いやいや、まだ少し早いでしょ。

ということで、背中しか見えなかった2台の立佞武多を追いかけることに。予備知識がないとはいえ、朧気ながら運行ルートだけは頭の中に入っていたので、先回りして前から見てやろうという魂胆。しかし、20時44分には弘前行の五能線が出発するため、その前に五所川原駅に向かわなければなりません。色々頭の中で駅までのルートや算段を画策しつつ、2台の立佞武多が現れるのを、時計を見ながら待ち続けます。

そして20時15分、来ました来ました。

立佞武多の前で「ヤッテマレヤッテマレ」と鉦を鳴らしながら練り歩く皆さん。弘前はゆったりと練り歩くスタイル、青森は派手に跳ねまくるスタイル、五所川原はその中間といったところでしょうか。流し踊りにも近い感じなのかな。

2台の立佞武多を見届けた後、賑わう喧騒を離れ、五所川原駅から帰路に就くことができました。意外だったのは、この列車に乗車しているほとんどの方が弘前に向かうんだろうな、と思ったら、途中の陸奥鶴田や鶴泊、板柳駅で下車する人がとても多かったこと。きっと初日の車内は、すし詰め状態みたいになっていたんだろうなあ、と。

五所川原立佞武多の運行が復活してから今年で20年の節目を迎えるそうです。道幅がさほど広くないということもあるからなのでしょう、間近で観る巨大な立佞武多は、ただただ圧巻の一言に尽きます。町内会、そして有志による運行の他、高校を挙げての運行など、青森や弘前とは異なる勢いを感じさせる運行や、他のまつりとは趣を異にする雰囲気が、その場に居合わせた観客を魅了するのでしょうね。

…で、ふと思ったこと。JR東日本及び関係機関は、5日と6日五所川原発弘前行で五所川原立佞武多と弘前ねぷたの駅前運行を(全てではないにせよ)同日に観覧できるんだよ!というプチツアーを考えるべし!

…ということで今度は吉幾三が出演する時に観覧してみよう(笑)


靴紐を結んだ時がスタート #ランニング


PCやスマートフォンと同様、ランニングシューズも日々進化を遂げており、1年前どころか半年毎に新しいモデルが登場するといったことは珍しくありません。

どこのメーカーのどのシューズが履きやすい、クッション性が高い、色々耳年増になりながら情報を入手するものの、実際は人それぞれ走力も足の形も異なるため、自分に合ったシューズは他人からの情報ではなく自分で見つけるしかない、といったところでしょうか。

私事になるのですが、人生初のランニング、30歳の記念と称して10キロマラソンに出場した時にはブルックス、約10年前、成人病予備軍を宣告されて走り始めた時はナイキのシューズ、それから5年ほどナイキのシューズを履いていたのですが、いわゆる「boostモデル」が登場した頃からアディダスへと鞍替え、それ以降、ずっとアディダスのシューズを履き続けています。

この間、その時は足に合うと思ったシューズが、走ってみたらどうもしっくり来ない、ということも何度かありました。
それだけが原因ではないにせよ、足の色んな部位を痛めたり、足の指の爪を剥がしたりを繰り返しながら、一体自分の足にピッタリ合うシューズはどんなものなのだろうかと、未だに暗中模索の状況が続いている、というのが正直なところです。

ランニングする上でシューズの話は避けて通れませんが、シューレース(靴紐)のことはラン仲間の間でもほとんど話題に上ったことがありません。話題になったといえば、結び方をどうするかといったことや、結ばない靴紐として登場した「キャタピラン」のことぐらいでしょうか。

実は一度だけ、シューレースで大失敗したことがあります。
フルマラソン挑戦2年目となったその年、足底筋膜炎を発症していた僕は、土踏まずの部分を上げるインソールに替え、騙し騙し走っていた、そんな感じでした。タイムも思うように伸びず、フル挑戦3度目の田沢湖マラソンでようやくサブ3.5を達成したものの、どこか消化不良気味なレースがずっと続いていました。そんな中で挑んだ第30回NAHAマラソンは、フル5度目の挑戦でした。
コースの起伏や大会の雰囲気などを総合すると、記録は狙えない、と聞いてはいましたが、出るからにはちゃんと走りたい、まして沖縄まで来たんだから、と気合いだけは入っていました。
そして大会当日、お気に入りのシューズだったアディダス、水色のadizero Japan(実はこのシューズ、色違いも含めこれまで3足購入、現在も履いています。)を履き、靴紐をキュッと。

…いや、待てよ。

これだとちょっと緩いか…と、「もう少しギュッ」と結んだそれが、仇となりました。

決して順調ではなかったものの、21キロの中間地点を過ぎてから、下り基調が9キロほど続くコースの途中で、足の甲に今までに感じたことのない違和感。

どうやら靴紐を少しきつく結びすぎたようで、足全体が締め付けられた感覚がずっと続きます。下り基調であるにもかかわらずペースが落ち、ようやく平坦となった30キロ過ぎで遂に足を止め、「ギュッ」と結んだ靴紐を緩めました。

キュッと結んで良かったんだ…。いや待てよ?靴紐の緩みは気の緩み、なのか?そんなアホな。

緊張感が一気になくなり、戦意も喪失。
走ったり歩いたりを繰り返しつつ、途中で日本最南端にある吉野家の牛丼(エイドで配給されているのです)まで頂戴し、3時間40分も切ることができずゴール。

これが、靴紐で失敗した唯一のレースとなりました。

その後、前述の話題となったキャタピランも装着して練習に臨んでみたのですが、あの「瘤」の部分が足の甲に当たり、走っている途中で何度も歩くハメに。

これ、見た目は山菜のミズの瘤か、育ちの悪い海ブドウ、みたいな。

それはともかくこの一件があってから、シューレースはシューズに同梱されているものが一番合うようにできているものなんだ、と勝手に思っておりました。

確かにNAHAマラソンでの失敗は、靴紐に対するちょっとしたトラウマになっていたのも事実。そんな時、こんなものがあるのを発見しました。

セリアの靴紐がとある理由で大人気!

100円ショップ「Seria」で販売されている、いわゆるゴム紐。
ちなみに、色も各種あるみたいでして、シューズに合わせた色を選ぶことも可能です。(ただし、合う色があれば、の前提ですが。)
実は私、1年前ほどから1足のランニングシューズにこの靴紐を結んでおり、そのシューズでレースに出たこともあります。

肝心の使用感ですが、個人的には十分アリです。緩過ぎず、きつ過ぎず、走っている時の足の浮腫などで窮屈になるといったことや、少なくとも以前のように、靴紐の締め付け過ぎによる痛みを感じるということはなくなりました。何だろう、その時その時でシューズの幅がうまいこと可動する、みたいな。

もちろん装着した感覚に好き嫌いがあるでしょうし、走っている時の絶対的なシューズのホールド感を望むランナーの皆さんには、決してお勧めできる代物ではありませんが、試してみる価値はあるような気がします。
まあ、所詮は税込108円ですから、仮に失敗しても痛手は少ないのでは?少なくともシューズが合わないと失敗するよりはマシだと思います。

なお、あくまでも個人的な使用感であって、この靴紐にしたら走っている途中で靴が脱げた、などといった苦情は一切受け付けませんのであしからず。

…おお。今日は原稿用紙5枚ちょっとで収まったぜ。


2017 沖縄本島旅行記その3(観光編) #沖縄 #OKINAWA


3度に分けてお届けしてきた2017年沖縄本島の旅行記も、ようやく最終回です。
その1、その2は以下のリンクから。

2017 沖縄本島旅行記その1(宿泊&ビーチ編) #沖縄 #OKINAWA

2017 沖縄本島旅行記その2(食事編) #沖縄 #OKINAWA

沖縄本島には、ご存知の通り観光スポットがたくさんあります。世界遺産でもある首里城をはじめとする城(グスク)群やその関連遺物、本島と離島を結ぶ数々の橋、沖縄にとって過去の暗い歴史でもある南部の祈念公園、もちろんビーチだって観光スポットとなることでしょうし、悩みの種でもある米軍基地の周辺施設すらそうなり得るものもあるはずです。

そんな中で、今まで訪れたことがなかった本島最北端。ヤンバルクイナが生息し、多くの自然が残るエリアでもあります。
今回、ようやくその本島最北端のエリアまで足を延ばすことができました。

【道の駅ゆいゆい国頭~辺戸岬~茅打バンタ】
那覇市内を9時30分頃に出発、沖縄自動車道で許田ICまで北上し、休憩と称して道の駅2か所に立ち寄りました。
立ち寄った2か所目の道の駅が「ゆいゆい国頭」。
「くにあたま」ではなく、「くにがみ」と言います。急ぐ旅でもなく、ゆっくり走っていたので、11時30分過ぎだったかな。ほとんどお客さんはいませんでしたが。
玄関では、何だかシュールなオブジェがお出迎え。

屋根には当然シーサーの姿が。

店舗内の撮影は控えましたが、ヤンバルクイナ関連のグッズも多数取り揃えられていたほか、沖縄土産もたくさん販売されていました。(個人的には道の駅ではなく、地元スーパーなどでお土産を物色するのが大好きなんですけどね。)
ただ、これだけは撮らずにいられなかったジュークボックス。
風情があって格好いい!…んだけど、収められている楽曲を見て目が点になりました。やっぱり、シュールです。(画像をクリックすると、楽曲名が見えると思います。)

再び北上を開始、約15分で辺戸岬に到着!ついに本島最北端までやってきました。

手付かずの海!って感じでとっても綺麗です。

実はこの岩に、仏像がたくさん備えられているんです。何せ断崖絶壁、多分そういうことをする人がいるんだろうな…。

天気に恵まれたのが最高の景色を見ることができた最大の要因。

まあでも、景色がきれいだからいいや。向こうに見えるのは、与論島。ヨローン、ですね。(仲間内のネタですいません。)

そして何ともセンスに欠けたシュールなオブジェが、ここにも…。「ヨロン島・国頭村友好記念碑」なのだそうです。

しかし、周辺には店らしきものが一軒あるものの営業している気配もなく、なんか観光地というよりも辺境に来てしまったような気分。

ついでなので、すぐ近くにある茅打バンタにも立ち寄ってみました。パンダじゃないっすよ、というボケはいらないですね。
バンタって、崖のことを意味するのだそう。さぞかし絶景なのかと思ったら、木が結構生い茂っていて、正直よくわかりませんでした。

とはいえここも見晴らしが良かったので、許す。

【備瀬のフクギ並木】
前に訪れたときは、牛の曳く車に乗ってのんびりと景色を見たのですが、今回は歩いて散策してみることに。
木陰とはいえ、暑いものは暑いんです。

暑くてシーサーも白目剝き出しです。

この中で虫よけの線香が焚かれていました。実際私、朝のジョギングの際に5か所ほど虫に刺されました。

ルートの案内板が置かれていて、それなりに観光地化されているんだろうけれど、こういう地元の生活感が垣間見える風景、嫌いじゃないです。

鈴なりのゴーヤ。

あらま。おめでとうございます。暑そうだなあ。

最後は、以前お世話になった牛車とすれ違い。

【おまけ画像】
辺戸岬に向かう途中、一目で気に入った風景があり、帰りに立ち寄りました。大宜味村にある塩屋橋を跨いだところ、ここだけで何枚か撮影してみました。

ブロック屋さんらしいです。

よく見ると、以前は食堂だったらしく。

こういう入り江、結構好きです。

向こうに見える島は、屋我地島と古宇利島。

さすがにこの板の上を歩いて筏に乗ることはしませんでした。

ということで2017年の沖縄旅行記、これにておしまいです。何だか締まりのない終わり方でどうもすいません。ということで、また来年も行くぞ!


2017 沖縄本島旅行記その2(食事編) #沖縄 #OKINAWA


2017 沖縄本島旅行記その1(宿泊&ビーチ編) #沖縄 #OKINAWAはこちらから。

食事&観光編をお届けする予定でしたが、思った以上のボリュームになりそうなので、今日は食事編で。観光編はまた改めます。すいません。


今年は本島北部に拠点を構えたということで、ようやく本島最北端の辺戸岬まで足を運ぶことができました。
これで、最南端から最北端まで、ようやく本島を縦走したことに。ただし国道58号沿い側しか走っていないので、まだ本島完全制覇への道は遠いのであります。(…って、制覇するつもりもないんですけれど。)

まずは沖縄到着初日。レンタカーを借り、移動を開始。一食目は、やはり「すば」でしょう。

【そば処 きくや】
沖縄そば激戦区の一つともいえる小禄地区の住宅街にあるお店。一日100食限定ということで、売り切れ覚悟でお昼過ぎに訪問。運よく駐車場に1台の空きができたのでそこに駐車し、入店してみると、家族連れをはじめたくさんのお客さんが既にそばをすすっていました。狙いは「ゆし豆腐わかめ入りそば」だったのですが、残念ながら売り切れ。そこで、「そば・じゅーしぃセット(750円)」をオーダー。まず、出されたお茶が「さんぴん茶」。これだけでポイント高し。そして、運ばれてきたセットが、はいこれドーン。

丼の陰に隠れているのは漬物。テーブルには紅ショウガとふーちばー(よもぎ)が置かれています。一口スープをずずっと…確かにうまい!ト○タ自動車の社長や衆議院議長も来店するというお店とのこと、でも決して敷居が高いわけではなく、あくまで庶民的なお店です。結局スープ完飲の手前で止められ、ご馳走様。

そしてここのおススメは「黒糖ぜんざい」です。かき氷の下に黒糖で炊いた大きめの豆と、白玉。これホント激うまで、この後ちょっとぜんざいにハマりました。(画像がないのは、運ばれてきた時点で溶け始めていたため、速攻で口に運んだからです。)

この後お土産など諸々の買い出しをほとんど済ませ、夜は那覇市内に宿泊しました。「ホテルロコアナハ」という、朝食がとても美味しいことで有名なホテルです。
夕食も那覇市内で、ということになり、弘前公園RC東京支部のYさん御用達、「古都里」へ行ってきました。

【古都里】
国際通りからちょっと外れた一角にあるお店に到着。

19時頃に入店すると、既に満席。Yさんにお願いをしてカウンター席を確保していただいていたので、一番の「特等席」に座ることができました。
まずはビール。「サッポロもあるよ!」と言われましたが、ここは沖縄再訪を祝してまずはオリオンでしょう。

「カウンターから3品選んでもらえるかな?あ、ラフテーは別料金ね。」
たくさんの料理が大皿に入って並べられています。

目の前にあるのは、茹で上がったシマダコかな?これは食べなかったんですけどね。

ナーベラー(へちま)のみそ炒め、ニンジンのシリシリ、ゴーヤのツナ和えをチョイス。

次は、ゴーヤーチャンプルー。なんで沖縄のゴーヤーってこんなにパクパク食べられるんだろう。もっともうちの場合、青森県内でもゴーヤーの消費率はかなり高いんじゃないかと自負しているんですけどね。

そして海ブドウ。これも定番。最初から醤油やタレをかけてしまうと、プチプチした「実」の部分が萎んじゃうんですよね。店によっては、最初からそれをやってしまう残念なところもあるという。

だいぶお腹もいい感じになってきたので、みそ汁を注文。こちらでイメージするみそ汁とは異なります。ポークランチョン(スパム)やレタス、しめじといった具がカツオ風味のだしで煮込まれ、最後に卵が投入されています。これがまた、美味いんだな。

すっかり満足して、お店を後にしたのでした。

2日目、9時30分過ぎに本島北部へ移動を開始。沖縄自動車道で許田ICまで向かい、そこから名護を経由してさらに北へ。途中あちこちに立ち寄りながらどんどん北上を続け、人もほとんど歩いておらず、車の数もどんどん減る中、ついに北端の辺戸岬に到着しました。…というこの話は、また後日。

本部町にあるホテルに向かう途中、以前から行こう、行こうと話していた店に立ち寄ることに。
時間は既に14時を回っていましたが、お腹がそんなに減っていなかったのが幸い。

【花人逢】
「かじんほう」と読みます。すっかり有名店です。焼きたてのピザとアセロラジュースが美味しいらしく。
高台にあるこの店、まず到着するまでが一苦労です。ホントにここ走って大丈夫?というぐらい狭い道を、やたらと遠回りさせたがる優秀なナビに案内させられ、対向車に怯えながら何とか店の前に到着。
ところが到着すると、店の外にはたくさんの人が入店を待っている状態。しかも、外国人(アジアの皆さま)が大多数。お前ら、日本に来てまでピザ食うのか?と思いましたが、それはこちらも一緒。結局30分ほど待って入店することができました。

ちなみに店の外からはこんな景色が堪能できます。

(本部町の瀬底島)

(こちらは伊江島。手前は美ら海水族館などがあるエリア)

(建物外観。立てかけた筵の陰で、食事していたり、呼ばれるのを待っていたり。)

外での飲食もできますが、運よく建物の中に入れました。メニューはいたってシンプルで、ピザ(中or小)とサラダとドリンクぐらいでしょうか。
なので、運ばれてくるのもそれなりに早い。
待ち時間5分ほどでサラダが、そのあと10分ほどでピザ(小)が運ばれてきました。

うむ。確かにこれは食べてみる価値アリだわ。しかもアセロラジュース、火照った身体には最高にウマい。こんなに感動するとは思いませんでした。そしてぜんざいに続き、アセロラブームが始まったのであります…。

3日目。この日はホテル近くのビーチで水に戯れ、近くの備瀬のフクギ並木に向かいました。散策の前に、ランチを取ろう、と。普段、休みの日と言えば麺類ばかりの昼食も、今回はちょっと違います。たまたま見つけた店に飛び込みで入店。

【チャハヤブラン (cafe CAHAYA BULAN)】
12時から開店だったらしく、ちょうど我々の直前に入店した女性二人組で満席となり、30分ほど待たされることに。まあ、仕方ない。

案内された席は、外のテラス席。暑いんじゃないかなあ、と思いましたが、扇風機が鎮座しており、さほど気になりませんでした。カフェがメインらしく、食事メニューはラフテー丼、アジアンそば、中華風鶏粥、野菜ビビンバの4つのみ。
で、注文したのはこちら。
アジアンそば(鶏肉大盛り)と野菜ビビンバ。

料理も期待以上に美味しかったのですが、スイーツ四種盛り合わせ(ケーキ、チェー(ベトナム風氷ぜんざい)、プリン、自家製ちんすこう)がおススメ。

眼前に広がるこのロケーション、長居したくなる気持ちもわかります!…が、お客様は皆さんだけでありません。他のお客様が待っているときは、少し状況を考えましょうね。

(テラス席から建物のガラスに映る風景をパシャリ)

朝方、ランがてら入り口を撮影。幟が目印ですが、ちょっと迷うかもしれません。

おまけの最終日。

【アセローラフレッシュ】
全国で開催される沖縄展にも出店しているというこの店、本部町のはずれにあります。訪れてみると、なんか笑ってしまうぐらい店の雰囲気のないところ。なんか、野菜や果物の選果場の一角にある、そんな感じです。がしかし、ここのアセローラフローズン、凄すぎます。激ウマ!

【空港食堂】
那覇空港1階にある知る人ぞ知る…の食堂だったのですが、すっかり有名になってしまったようで、結構な混雑ぶりでした。

旅行客よりも空港関係者の利用の方が多かったみたいです。でも、最近は逆転してしまったらしく、他の客と思しき人が「昔、こんなに混雑していなかったのになあ。」とぼやいていました。

相席は当たり前、食事が運ばれてくる順番もバラバラですが、食券制で「○○番の方~!」と店員さんが叫ぶと、ハイッ!と手が挙がる、そんな感じです。時間帯によっては行列も覚悟しなければ、といった感じです。
味はまあ、可もなく不可もなく、といったところでしょうか(笑)。

ということで食事編はこれで終了です。観光編までたどり着けるのか?これ。
(多分つづく)