クセになる大会


ハーフマラソンに首…ではなく脚を突っ込んでから6年目。フルマラソンだと走歴5年目に突入。
毎年出場するレースはほぼ毎年固定されつつあり、その中に走ったり走らなかったり、というレースが時々挟まってきます。

出場する以上は…と意気込むのも大切ですが、毎回毎回本気を出しては、相当な労力を要してしまいます。しかもそれは、大会に出場する前段階、つまり練習の段階からのことになってしまうので、かなり綿密な計画を立てて臨むことになります。

ご存じかも知れませんが僕は、石橋を叩いて叩いて叩きまくってから渡るタイプ。まあ、叩きすぎて怪我をしたこともたくさんありましたが…。
大会のたびに石橋を叩いているのも疲れるだけ。力を抜いて大会そのものを楽しむ、ということも時には必要だと僕は考えています。

年間のスケジュールを考えた時、春から初夏の積み上げ、盛夏から秋の本格シーズン、秋から初冬のクールダウン、真冬の試行錯誤と、4つに区切って大会を選別しているのですが、もしも他県で生活していたならば、このスケジュールもガラリと変わっていたことでしょう。もっとも今年は4月に職場の異動があり、秋以降の動向が全く不透明である(つまり、安易に大会のエントリーをすることができない)ため、いつもより少し早めにピークまで仕上げなければならないかな、とか考えたり…。初年度でペースを掴むってホント難しいんです、この業界(笑)。

本気を出す、いわゆる「勝負レース」と位置づける大会がある一方で、力を抜く、大会を楽しむ、つまり「ファンラン」という点でうってつけなのが、25日(日)に開催される「平川市たけのこマラソン」。毎年出場を楽しみにしている大会の一つです。実は今年が第22回なんだそうで!
コースの半分以上が上りか下りというこの大会、僕は「ドMとドSの集い」と勝手に銘打っています。

スタート直後から約7キロにわたって延々と続く上り基調、更には折り返した後の下りと、これだけでも十分過ぎるぐらいお腹いっぱいなのですが、その後も2度3度と繰り返される上り下りに、全身が悲鳴を上げるか脳がアホになるかというギリギリの状態まで追い込まれます。道中、声援を送る観客はほとんどおらず(畑仕事のついでに声援を送るお年寄りぐらいでしょうか)、鳥のさえずりと風の音が声援代わり。もう一つの励みは、コースの最高地点へ向かう間、そしてそこを折り返した後、たくさんの仲間とすれ違えること。

ヒーヒー言いながら走り終わった直後は本当に苦しくて、もうこんなコース二度と走るか!と思ってしまうのですが、なぜかまた走りたくなるという、ホントに不思議な大会です。しかし、今年こそ10キロにエントリーするつもりだったのに、間違えてハーフにエントリーしてしまったという…。

昨年はエントリーしたにも関わらず、熊本への支援活動が決まったため、出場することができませんでした。
よって、今年は2年ぶりの出場となります。この2年間で山の形状が変わるはずもなく、道が整備されたという噂も聞いていないので(橋が整備されたんでしたっけ?)、相変わらず泣かせる、いや笑わざるを得ないコースが待ち受けていることでしょう。それが楽しみでもあり、不安でもあり。

実は私、この大会の前後で、必ずと言っていいほど脚のどこかを故障します。2年前は、大会の前日アキレス腱に注射を打って走りました。しかし、それぐらいしてでも出たい、と思わせる何かがあります。ちっとも楽ではないけれど、あー、走るって何か面白いなあ、ということを実感できる大会…といえば大げさかも知れませんが、今年も「途中で歩くことなく最後まで完走する」ということを目標にしたいと思います。

どうやら天気もそれなりみたいですし、タイムは度外視、上り下りの練習の延長と捉えながら、慎重かつ大胆に楽しみます!


第5回弘前城リレーマラソンのこと #弘前城リレーマラソン #ランニング #リレーマラソン


前もこのブログで投稿したと思うのですが、僕は運動会が大嫌いでした。小学生の時、運動会の前日は「雨降れ~、雨降れ~」と念じながら床に就き、翌朝6時の運動会開催の花火(狼煙)でガッカリしながら目を覚ますという6年間を過ごしました。なんでそんなに運動会が嫌いだったかと言えば答えは簡単。

足が遅いから。

だって、ダントツのビリでゴールした僕の腕をおもむろに捕まえた父兄の手には、1位の旗。それを見た他の父兄(同級生の親御さん)に「その子違う!違うから!」と間髪入れずにダメ出しが入るという、いわばビリの常連だったわけですよ。そんな暗黒の時代から30年以上経った今も、運動会とかリレーとか、そういうのが苦手なんです、実は。

またしても前置きが長くなりました。
すっかり初夏の風物詩となりつつある「弘前城リレーマラソン」。この大会は弘前公園内の周回コース約2キロを21周するというフルマラソンサイズと、途中折り返して約1キロを21回往復するというハーフマラソンサイズの2つが用意されており、1チームの編成は5~21名。制限時間はフルが4時間30分以内、ハーフは2時間30分以内で、走る順番や1人何周するかは各チームの自由となっています。

僕が所属している弘前公園ランニングクラブはもちろん、仲間のランニングチームもたくさん出場しており、いわば年に一度のお祭りというか、ランニング仲間の「同窓会」みたいなもの。普段は一緒の大会に出て、バラバラに走っていくので、ランナーに声援を送る機会なんぞほとんどないのですが、この日は自分の出番が来るまで他のランナーに声援を送ることができます。
実際、次から次へとやってくる仲間のランナーに声援を送るのも、楽しいものです。

昨年に引き続き、今年も弘前公園RCのチームではなく、盲人ランナーであるAさんのチームからの出場。前回は60代後半のメンバーばかりが顔を揃えた(自称・風前の灯火)チームでしたが、今回は若い息吹が吹き込まれることとなり、小学5年生からもうすぐ古希という非常に幅広い世代に渡るチーム編成となりました。とはいえ寄る年波には勝てないようで、皆さんいろいろ故障が出始めているのも事実。僕に与えられた役割は、そこをどうフォローするか、ということだったようです。

今回は全部で11名のチーム編成ですので、単純計算すれば一人2度走ればいいところ、そういう諸々の事情もあり、伴走1回、単独走2回の、計3度走ることに。まあ、これはこれでやむを得ない。

ただ、いきなりスタートを走らされることになったのはちょっと予定外でした。そう、いわゆるスピード走を未だに不得手としているのに、なんで最初に走らせるかな…と、正直ちょっと憤慨していました。あとで聞いたら、僕は「このチームのエース」なんだそうで。まあ、平均年齢を下げているのは紛れもない事実ですけれど、申し訳ないんですが、それは人選を完全に誤りましたね…。

10時直前。スタートラインに顔をそろえた約200人の精鋭は、いずれもスピード狂の猛者ばかり。すっかりその中で萎縮してしまったワタクシ、スタート直前の生ファンファーレとカウントダウンで色んなものをチビリそうになりながら、号砲と同時に猪突猛進よろしく猛ダッシュのランナーに揉まれ、無理を承知で猛ダッシュした結果、1周たった2キロ(正確には2.2キロ)にもかかわらず、500m地点で既に息上がるという失態。完全にペース配分を間違えました。
1キロ手前の長い上り坂、そしてたすき受け渡しゾーン手前でそれぞれ小学生に追い抜かれ…。

走り終えた後に見てみると、正確に捉えているのかどうかはわかりませんが、約2.2kmを8分36秒で走っていた、という結果。最初の1キロを3分30秒ぐらいで走っていたようですが、その後ガクンと一気に4分8秒ぐらいまでペースが落ちていました(3分51秒/km)。

2周目(2.1km)は伴走。こちらは1キロ6分のペースで、途中幾度か転倒しそうになる危ういシーンもあったものの、何とかお役御免(6分02秒/km)。

3周目(2.1km)は再び単独走。かなり時間が空いたので疲れは残っていないはず、と思っていたのですが、実際走ってみるとかなりクタクタで、辛うじて1キロ4分を切るペースで走りきりました(3分59秒/km)。

いやぁ…正直もう少し行けると思ったのですが、この現実を突きつけられて意気消沈。ホントにスピードがないことを、改めて突き付けられた結果となりました。まあ、マラソンとこれとは別物だからさ、と文字通りの自慰。嗚呼、嗚呼…。
個人的にはこれ、スピード練習の一環と割り切って出場しているつもりだったのですが、まさかこの短い距離で大きなムラが出るとは思いもせず、結果としてはあまり良い練習にはなりませんでした。正直言ってこの距離は、どうやって走ればいいのかよくわからず、すっかり意気消沈…。

さて、今年の大会はこれで終わりのはずだったのですが、競技開始から間もなく4時間、多くのチームがゴールを迎え、撤収や帰宅の準備を開始する中、うちのチームもようやく最後の21周目がスタートしました。他の方の伴走で、最後の周回に臨むAさん。すると小学生姉妹が突然「私も一緒に走る!」と言い出し、目の前を通過したばかりの二人についていったのです。深い意味はないのでしょうけれど、その意気込みにちょっとした感銘を覚え、これは…と思い、4人の姿を追いかけることに。途中撮影を交えながら、結局もう一周を駆け抜け、全員でゴールを迎えました。

(坂を登る4人。3人がそれぞれAさんの力になっているのだから凄い。)

ちなみにこのチーム、一昨年は制限時間内に21周走りきることができず、途中リタイヤ。昨年は初めて僕が伴走で参加して4時間18分、今年はチームの層が厚くなったおかげもあって、4時間10分でした。昨年「4時間切りを!」とぶちまけた張本人としては、少し物足りない結果に。まあでも、いいんです。寄る年波に負けじと老体に鞭打って頑張っている皆さんに拍手です。

さて、今年は主会場となる弘前公園内の競技場の一部が、石垣修復工事の関係で資材置き場となっており、かなり窮屈感がありました。また、工事の影響でコースも一部で変更を余儀なくされ、競技場に入る直前の右・左・右と続くクランクみたいなコース取りは、走る側にしてみると結構大変でした。
時間の経過とともに、たすき受け渡しゾーンが狭くなるのは例年のこと。もう、こればかりは参加者の良心に頼るしかないのかな。
また、毎年必ず注意の対象となった土塁に登る子どもたち、本部席が土塁側に移動したことで、例年よりは少なかったようです。
一方、たすきを受け取った直後、トラックから園内へ出る通路を見誤る人が結構多かったのは気になったところ。(誘導がわかりづらかったのかな?)

もう一つ、「伴走」のゼッケンはちゃんとつけて走った方が良かったですね。それも前ではなく、背中に。実は私も「伴走」のゼッケンはつけていなかったんです。ところが、コースでかなり幅の狭い区間があり、二人並走すると追い越すのが難しいんです。そんな中、二人並んで走っていると、背後から走ってきた人からは、さてこの人たちは何で仲良く並走しているんだろうか、邪魔だなぁ、と思われたことでしょう。本当にすいませんでした。
この点については、実行委員会に対してしっかりとお伝えしておきたいと思います。

当初、雨だった天気予報はいい方に外れ、風が冷たく少し寒かったものの、雲の切れ間から時折日差しが差すという絶好のランニング日和。多少水たまりが残っていましたが、主催者側で砂を撒いたらしく、走る分にはほとんど影響がありませんでした。毎年、開催前から雨を危惧する大会だっただけに、天候に恵まれて本当に良かったと思います。おかげで結構日焼けしたようです。

県内外、特に秋田県からの参加者がかなり増えていたように見受けられました。これからも手作りっぽい、家族や仲間との絆、温もりなんていうものを感じられるような、ステキな大会に成長していったらいいな、と他人事ながら思った次第です。
関係者の皆さま、本当にお疲れさまでした。お世話になりました。

(帰り道、公園の堀端を散歩していた亀。)


弘前・白神アップルマラソンの参加申込が始まっています! #running #marathon #aomori


(第11回大会、人生初フルマラソンのゴールシーン。)

今年で15回目を迎える弘前・白神アップルマラソン(2017年10月1日(日)開催)の参加申込受付が先月末から始まりました。青森県内で開催される唯一のフルマラソン、そしてハーフマラソン、10km、5km、3kmと種目も多数であることから、ご家族皆さんで参加される方も多いようです。(ちなみにインターネットからの申込はRUNNETへの事前登録が必要。)

今年のゲストランナーは、吉田香織選手と打越忠夫コーチ。吉田選手と言えばもともと実業団選手だったのですが、現在は最強市民女子ランナーとの呼び声も高い選手で、僕自身、北海道やさいたま国際で実際にその走りを目の当たりにしております。(どうでもいいことですが秘かにファンです。笑)
ちなみに吉田選手はフルを、打越コーチは10kmを走る予定だとのこと。

アップルマラソンに関してはこれまで何度もこのブログで色々提言やら苦言を繰り返してきたので、今日はそういうのは一切なしです。

僕にとってはこの大会が今の「原点」であり、この大会があるからこそ今も走り続けている、といっても過言ではありません。走ること自体が大の苦手だったのに、走ることの楽しみを知ったのもこの大会だし、10kmからハーフマラソン、そしてフルマラソンへの挑戦も、いずれもこの大会がきっかけでした。

もっとも、父が生前、弘前市体協の評議員を務めており、その関係でこの大会のお手伝いをしていた、ということも、ずっと参加し続けている一つのきっかけであることは紛れもない事実。

こんな僕でも走れたんだから、みんなも走れるよ!と気軽に参加を呼び掛けたい、そんな大会です。
この大会に参加し続けたおかげで、弘前公園ランニングクラブに参加するご縁があったわけで、そこから県内外に同じ志を持つ仲間との繋がりがどんどん広がっていきました。

変な話ですが、今こうやってランニングにまつわるブログの記事を投稿できるようになったのも、この大会に参加していたからこそといっても過言じゃないんです。

ちなみに、初めてフルマラソンに挑戦したのが2013年、42歳の時。
その時の模様は、これがまた異常に長い記事を投稿しておりましで、お時間がある時、お暇な時にでもご覧頂ければと思います。毎度のことながらホント長くてすいません。

42歳の、初経験(第11回弘前・白神アップルマラソン)

今回が第15回ということは僕自身、アップルマラソンに関しては4度目のフルマラソン、ということに。(昨年はハーフマラソンで視覚障碍者の伴走だったため、フルは走っていないのです。)

(第14回、昨年度の伴走の模様)

僕にとってのアップルマラソンは、いわば「御恩返し」の場。自分が楽しませていただいていることへの感謝はもちろん、生前父がお世話になったことへの感謝、そして、初めてフルマラソンを完走させてもらったことへの感謝、それを伝える機会でもあります。
実は初フルの後、この大会ではペースランナーを2度務めております。初めてフルマラソンを走った翌年、フルマラソンの経験もまだ浅いのに、自身4度目のフルで(大会非公式の)4時間のペースランナー、そして更にその翌年は、大会公認で4時間30分のペースランナーを務めさせていただきました。

(第12回、4時間の非公式ペースランナーの時)

一時期に比べると、マラソンブームもだいぶ落ち着いたような感じもするところ(東京マラソンは別として)、フルマラソンに挑戦してみたい、気持ちよく走ってみたい、という皆さんにとっては、この大会は格好の場ではないかと勝手に思っています。(まあ、昨年は暑さとの戦いでしたけどね。)
どうせならガッツリ走ればいいじゃん、という周囲の声があるのも事実。でも、やっぱりこの大会に限ってわがままを許してもらえるならば、御恩返しの気持ちだけは忘れたくないのです。ですので機会があれば今回も、皆さん方の挑戦を応援したい、最後は背中を押してでも一緒にゴールして、気持ちよく走り切った後の感動を分かち合いたい、そして、そういう形で大会を盛り上げたい。微力ではありますが、少しでもお役に立てたら本望だな、と思っています。

弘前・白神アップルマラソンは日本陸連公認コースを抱える大会ではありませんが、僕だけではなくスポネット弘前や弘前公園ランニングクラブの面々など、大勢の皆さんが、必ずやこの大会を盛り上げるべく今年もきっと奔走するはずです。裏を返せば、公認じゃないからこそできる、我々なりのおもてなしがあるわけでして。

(第13回、4時間半の公式ペースランナーの時)

ちなみに同じ日には同じ東北、宮城県で「東北・みやぎ復興マラソン」や山形市で「山形まるごとマラソン」も開催されます。でも、エントリー料が格段に安価なのは、ちょっと魅力的だと思いませんか?(フルマラソンだけで見ると、宮城のそれが13,000円であるのに対し、アップルマラソンは4,500円!)

紅葉にはまだ早い季節ですが、徐々に色づき始める岩木山や、沿道でたわわに実り始めたりんごを眺めながら、津軽地方の秋を少しだけ楽しんでみませんか?

弘前市内外はもとより、県内外からのたくさんのご参加を、心よりお待ちしております。

(第13回、スタート前の集合写真。微力ではありますが、私たちも大会を盛り上げます!)


スピード&メンタルトレーニング(後篇) – 第6回走れメロスマラソン【五所川原市】 #ランニング #ハーフマラソン


前篇から続く】
膠着状態が続いた中盤を端折り、レースは一気に後半へと進みます。(というか、中盤の記憶があまりないのです。)

6キロ過ぎから何となくまとまった5名の集団は、互いに引っ張り、引っ張られながら既に約10キロを一緒に走っていました。一度バラバラになりかけていた17キロの給水地点、またここでグループが団子状態になります。
スポンジを一つ手にしたところ、二つ取ってしまいました。ちょうど前にSくんがいたので、横にスッと出ておもむろに「はい」と手を差し出すと、驚いたような表情で「お!どうも…。」

ここでギアを一つ入れ直し、Sくんの前に。6キロ付近からずっと僕が後ろについてきていたとは思っていなかったらしく、小声で「すげえな…」と呟く声が聞こえました。いや、凄くないんです。ここまで来られたのは、あなたのおかげなのですよ。

例のランナーは相変わらず一人だけ賑やかというか、うるさいランを続けていましたが、この給水でピタリと後ろにつかれることとなりました。申し訳ないけれど、背後でホントうるさい。こうなると彼に惑わされることなく自分の気持ちを保つためのメンタルトレーニングをしているような状況。しかし、さすがに我慢できなくなり、わざと左右へ大きくぶれた後にペースを落とし、白糠町ランナーと並走する彼を前へと送り出します。

最後の難関、18キロから西へと進む2キロ弱の直線は、周囲に何もなく、誰もいない試練の区間。予想通り強い向かい風となり、何度も心折れそうになりながら前に進むことだけを考えます。先行しているのは彼を含む3人。食らいつこうにも脚が前に出ず、徐々に距離を離されていくのがわかります。しかし、ここで心折れては今までの走りが全て無になります。もう一度気合いを入れ直し、我慢我慢、耐えろ耐えろと口にしながら、金木町内へと右折しました。
一気に声援を送る人の数が増えるこの通りで、先行していた3人から、彼がまたズルズルと落ちてきました。

しかしここまで来たら、一緒に走ってきたという連帯感のようなものが芽生えていました。毎回スルーと決めている20キロの給水所で横に並んだ時、彼にハッパを掛けます。

「さあ、あと1キロ!頑張れ頑張れ!まだ行けるだろ!」
「はぁ、はぁ…キツい!」
「さあ、行くぞほら!」

何だか彼のペーサーをやっているような気分になってきました。
…しかし、それなりに余裕を持ってペースを上げながら先行する僕(と思っていたのは間違いで、実は全然ペースが上がっていなかった)に必死に食らいつくも、とうとう脚が売り切れたらしく、背後から聞こえてくる「はぁ、はぁ、キツい!」というその声がどんどん小さくなっていきました。
こちらはラストスパートとばかりにゴールの金木小学校へ向けての最後の力走。間もなく、今回残念ながらDNSとなったSさん、そしてKさんの姿が視界に飛び込み、思わずサングラスを外して笑顔に。

「また自己新更新、行けるんじゃないですか!」
「残り100メートル!ガンバガンバ!」

一つ一つの声援を最後の励みにしながら、ゴールへ。電光掲示板には01:25の文字が飛び込んできました。

(撮影は高校時代の同級生、Nちゃん)

「おおお!1時間25分台!ベスト更新だ!」
思わず笑みがこぼれます。
両手を掲げながら、ゴール!

1時間25分49秒。つい先日、5月14日に仙台で弾き出した自己ベストから2分以上の短縮!


ドリンクを手に駆け寄ってきたのは、毎年度運営のお手伝いをしている高校時代の同級生だったNちゃん。
「凄い凄い!お疲れさま!」
「ありがとう!」と思わず握手。
「…あ、すぐ後ろからSも来るから!」

ふと振り返ると、例のランナーがゴール。
詰め寄って「あのさ…」と苦言を呈する前に、先方が疲労困憊の表情で近づいて来ました。思わず「お疲れさま。ナイスラン!」と言葉が飛び出しました。
だって、抜きつ抜かれつここまで一緒に走ってきた同志だから…。

「はぁ、はぁ…最後、声を掛けてくれてありがとうございました!オレ、実は5年ぶり2回目のハーフで、走れるか不安で不安で…皆さんについたおかげで、ここまで来ることができました。本当にありがとうございました!」

それを聞いて納得。苦言が喉の奥へと引っ込んで行きました。
ポンポンと肩を叩きながら、
「いい走りだったよ!ホントお疲れさま!」
と一言。
…しかし、2度目のハーフマラソンでこのタイム。どんだけポテンシャル高いんでしょう。

その直後にSくんがゴール。
途中まで引っ張ってくれたお礼を短く伝え、握手を交わします。

完走証を受け取り、荷物受け取り場所の体育館へと向かっていた時に、今度はSくんの兄、Kさんと遭遇。

「お疲れさまでした!」
「お疲れさま!随分速かったんじゃない?」
「はい、おかげさまで25分台…。」
「おお!凄い!…でもさ、やっぱり距離短くなかった?
「…え?」

GPS時計を改めて見ると、今走ってきたところの距離表示は20.8キロ。ハーフマラソンには300メートル足りていません。
何だ、これじゃあ25分台も糠喜びじゃないか…。
とはいえ、今後の一つの目安になることは紛れもない事実なので、これはこれで喜びを噛み締めようと思います。

苦しむような暑さに見舞われた前回とは打って変わって今回、曇り空という気候にも恵まれて(個人的には)非常に走りやすかったです。
何よりも、18キロまでは4分10秒を切るペースでほぼ一定に走ることができたことが収穫。
しかしその一方で、18キロから風の影響とはいえ一気にペースダウンしたのは猛反省しなければならない点。
うむ…心が折れかけたのは事実だったし。

途中に新たに設けられた折り返しは、何とも中途半端な感じがあったのも事実。結局昨年から100メートル程度距離が伸びただけでした。まあ、これはまた今後何らかの形で解消されていくことでしょう。でも、病み上がりだった昨年の記録から10分タイムを縮め、これまでのこのコースの持ちタイムから、距離が少し伸びても5分タイムを縮めたことは、それなりに評価してもいいですよね。
ただ、これに満足することなく、また明確な目標を打ち立てることもできそうです。その目標が何なのかは、今は心に留めておきたいと思います。

…あ、そうそう。ちょっとグロいお話を。
実はスタート前から、左足の指にチクチクと突き刺すような痛みが走っていたんです。

走り終えて靴を脱いだらビックリ!
何とソックスに血糊がベットリ!
何事かとユックリ靴下を脱ぐと…
何と、左脚中指に薬指の爪がザックリ刺さっていたのでした..。
とほほ…これじゃ痛いワケだ…。

今回の教訓。
足の指の爪は、事前にこまめにチェックしましょう。

※走っている時の写真を撮影して下さったYさん、Nちゃんに感謝します。本当にありがとうございました!

【終わり】


スピード&メンタルトレーニング(前篇) – 第6回走れメロスマラソン【五所川原市】 #ランニング #ハーフマラソン


大会後の戦況などを記したブログは、毎回毎回長尺になります。原稿用紙に換算すると10枚以上は当たり前で(今回もそれぐらいのボリュームがあります)、読んで下さっている皆さんに申し訳ないぐらい長くなることもあります。「何でこんなに長いんだ。」と言われることもありますが、自分にとっては「振り返り」であり、次に繋げるための「反省」そして「トレース」の作業なのです。

「よくそんなに細かいことを覚えているね。」とも言われますが、走りながら常に意識して記憶しているわけではなく、トピックスとしてバッと頭に浮かんでくるものです。よって、時々誤った内容を投稿していることもあるようなので、「それは違うよ。」ということは指摘して頂ければありがたいな、と思ったり。

でも、「読みごたえあるよ」とか「いつも楽しみにしてます」とか言われると、嬉しいものでつい調子に乗ってしまいます。
ということで今回またしても長くなってしまったため、1度だと長過ぎるので2度に分けてお届けします。(ちなみに今日の分だけで原稿用紙換算だと7枚と半分、3000字超です。すいません。)

それでは、「走れメロスマラソン」走行記、前半スタートです。
(あ、「いいね!」は読み終えた後でお願いしますね。笑)


平成29年5月28日、五所川原市の天気は曇り。西寄りの風が比較的強く吹いていました。これから走るのは、五所川原市から旧金木町まで北上する約21キロのワンウェイコース。事前に風向きを見ながら、入りの5キロは追い風になっても、6キロから左折後の8キロ付近まで、そして18キロから金木町内へと右折するまでの約2キロ近く、強い風に押し返されそうだな、とレース展望をイメージしていました。

このコースはこれまで、ハーフマラソンを謳うには距離が足りていないことで知られていて、一時期は正直に「距離が足りません」とPRしていました。
しかし今回はそれを解消すべく、7キロ付近に距離調整のための盲腸線みたいな折り返しポイントが設置されていて、これで距離の問題が解決した、と言っていたのですが…。

レース時、ここ数年は5本指ソックスを愛用していたところ、今回は思うところがあって足袋型のソックスを装着。これも一つの実験です。シューズは最近、ハーフ専用にしているadidasのtakumi sen。もちろん、足裏にはたくさんのワセリンを塗って。

そして午前9時、いよいよスタート。比較的前の方に並んでいたので、スムーズな走り出し。ちなみにこの日の設定は、次のとおり。

・1キロ4分15秒で入り、3キロ毎に2秒程度のビルドアップ
・ラスト1キロは1キロ4分切るぐらいまで余力を残す
・設定タイムは1時間30分。「安定の90分切り」は、最低限のノルマ

ところが、いつものことながら走り出して早々にペースが上がっていることをすぐに悟りました。スタート前に言葉を交わした、オレンジ色のTシャツを着た高校時代の同級生であり現在同業者のSくんが、更にペースを上げて僕の横をすり抜けていきました。Sくんの先方には、いつもの赤頭巾を身に纏ったSくんのお兄さん、Kさんの姿が。
おやおや、これはいきなり兄弟対決か?とまるで傍観者のように二人の姿を眺めながらのスタートとなりました。

ちなみにこの日、スタートからゴールまで1度も時計を見ないで走る、ということにも挑戦。
後で確認したところ、4分5秒前後で最初の1キロを通過したようです。この時点で、当初予定していたビルドアップではなく、ペース走に変更。今日はスピード練習にしようっと。(←意志が弱いんです。)

さて、500mを過ぎた辺りでゲストランナーの福士加代子さんと一瞬だけ並走。「うげぇ…この坂を越えて行くのかぁ」と呟いていました。
「はい、行ってきます!」

その「うげぇ」な坂、このコースで最大の高低差となるJR五能線の跨線橋を越え、進路を東寄りへと進めます。この辺りからは予想通りの追い風で、スイスイと脚が進んで行きます。上半身と下半身の連動を意識しつつ、呼吸はかなり安定しており、脈もそれほど上がっていない感じ。いや、これは追い風のおかげか。

(Yさん撮影。前傾姿勢になっていないし。)

程なく、先行したSくん、そしてKさんを相次いで捉え、先へ先へと進みます。
5キロを過ぎ、進路を北側へと向けた時、やはり西寄りの風が左側から吹き付けるのがわかりました。そして6キロ地点で左折する直前、背後から「のんべ~!」と声を掛けてきたのは、先ほど僕が捉えたSくん。

スタート前、彼は「今日は90分切りを目指す」と話していましたし、サブ3に最も近いであろう彼の安定した走りは、普段からジムで見ているので、「あ、これはちょうどいいな。」と思い、先行を許した後は、彼の背中を見ながら走ることにしました。

更にSくんの前には、先週フルマラソンを走り終えたばかりのNさんの姿。フルの翌週とはいえ安定した走りっぷりはさすがです。知らぬ間に、西から吹き付ける強い風を避けるべく、一直線になって走る一団というか、5~6人のグループが出来上がっていました。先頭を走るのはオレンジ色のTシャツのSくん、その背後に北海道・白糠町の赤いTシャツを身に纏うランナー、そして僕と同じ「No Apple,No Life」のTシャツを着ているNさん、その他3名。
その中に、ちょっと異質な人が一人。何度も周囲のランナーに目配せしたり背後にピタリとくっついては後ろを振り返ったり、更にはやたらと時計を気にしつつ、まだ3分の1しか進んでいないのに既に「ハァ!」「キツい!」と何度も口に出しながら、脚やらどこやらを叩きながら走る、実に落ち着きのない男性ランナー。一目見て「こいつ、絶対レース慣れしていないな。」というのがわかりました。

そのランナーに惑わされないよう少し距離を置きながら、8キロ過ぎでNさんに追いつきます。やはり先週の疲労も残っているのでしょうか、Nさんはかなり呼吸が荒くなっていました。「一緒に行きましょう」とNさんに一言声をかけつつ、先行するSくんと赤い白糠町ランナーの背中を追いかけます。

ところが、我々の前にその不慣れなランナーがチョロチョロと走っており、前に出たと思ったら後ろに下がったり、気合い入れなのかずっと声を発したりと、全く落ち着きのない走りをしているのが目について仕方がないのです。
どうやらこのグループの中で先行する誰かについていこうという作戦なのか、それとも全くのノープランなのか…(恐らく後者)。

その彼に気を取られているうちに、距離表示を何度も見逃していたらしく、気付いたら12キロまで来ていました。Nさんの前に出た後も、相変わらず西からの強い風が吹いていますが、北寄りの風でないことがせめてもの救いです。
給水の間隔がとても短いことも気になるところでした。しかし、ひとまずこの辺りからはほとんどの給水でスポーツドリンクを手にしていました。

いつしか5人のグループになったグループは相変わらず安定したペースで、白糠町ランナーとSくん、そしてもう一人のランナーが交互に先行、その背後に不慣れなランナーが例の如く右往左往、僕はそこからちょっと距離を置いて彼らを見ながら走るという展開。

そのランナーのことをいちいち気にしていてはキリがないだろうと割り切りつつも、16キロを過ぎた辺り、残り5キロを切った辺りから、落ち着きのないその走りっぷりにだんだんイライラが募ってきました。いい加減もう、早く脱落してくれないかな(苦笑)。

さて、このランナーは一体どこまでこの調子で頑張るつもりなのか…しかしこの後、意外な展開に…。

【後篇へ続く】