お盆の過ごし方


暦の上では、今日がお盆の最後、いわば送り盆最終日ということになるみたいですね。昨年から8月11日が「山の日」として祝日になったことを受け、その恩恵を受けることとなった人も多いのではないでしょうか。

ちなみに私、昨年は12日金曜日に年次休暇を挟んだことにより4連休、今年は14日に夏季休暇を入れたことにより同じく4連休となるはずだったのですが、結果的に11日の「山の日」は昼から夜まで仕事となってしまい、危うく14日の夏季休暇も取り消ししなければならないのかとハラハラしていましたが、何とか夏季休暇の消化を無事に終えることができました。

ところで、お盆といえばバーベキュー。ふと思ったのが、なぜお盆になるとなぜバーベキューをやりたがるのか、という素朴な疑問。これは全国的な風習なのでしょうか? 庭先や玄関口にバーベキュー用のコンロを広げ、人目を憚ることもなく、うちわで炭を熾しながら肉魚類を食らう、という光景を今年もあちらこちらで拝見しました。ねぷたの時期も多少目撃しましたが、お盆の時期は圧倒的にその数が増えます。家族や親戚が集まると、何となくコンロを囲みたくなるんでしょうかね?小腹を空かせながらジョギングをしていると、次から次へと鼻先に肉の脂が焦げる香りが漂ってきます。ハッキリ言って、酷以外の何者でもありません。一瞬、ひょっとしてこれは迎え火の代わりなのか?と思いましたが、なんか不思議 です。

それにしても今年のお盆は実に涼しくて過ごしやすかった!というか、何か気持ち悪いぐらいの涼しさでした。もう秋なのか?冬の準備、始めた方がいいのか?というぐらい涼しかったという…。例年であればこの時期は残暑が厳しく、夕涼みをしながら迎え火、送り火を焚いてビール(銘柄は故人指定)を飲む、というのが一つの楽しみなのに、今年は火を焚かないとビールの美味しさが半減するぐらい、涼しい、いやむしろ寒いぐらいの?お盆でした。

大体にして、飛んで火に入る夏の虫が飛んでいないのですよ。涼夏なのか、はたまた冷夏なのか…。そういえば昔は焚いた火の横で、こぢんまりと花火をやっていたなあ…なんてことを思い出しつつ、今年も火を眺めながら物思いに耽っておりました。

さて、夏季休暇の最後の消化日となった14日は、ふと思い立って妻と愛犬を車に乗せて北秋田市にある母の実家へ。母の実家へは既に前日から母と妹、甥っ子が訪問していたのですが、妹にだけこれから向かう旨を知らせ、いわばサプライズで訪問。 ところがいざ訪ねてみると、ビックリされたまでは良かったのですが、その直後に思いがけず大人数が集合することとなり、こちらがビックリするハメとなりました。八王子の従姉家族や仙台の従妹母娘、更には先日手術を終えて退院したばかりの伯父にも会うことができました。 僕にしてみると、祖母が亡くなって以来の大集合だったかも知れません。ちなみに昨年はもっと大集合だったようなのですが、その際は僕がいなかったんだそうです。

うちらの滞在時間はわずか2時間足らずでしたが、祖父母と伯母の墓前に花を手向ることができて、何となくホッとした一方、帰る途中で、そういえばみんなで集合写真撮るのを忘れたし、いつものあそこに立ち寄るのも忘れたな、とちょっぴり後悔したり。

ということで母方の実家に偶然のタイミングで従姉妹をはじめとする親戚がドッと集まったというのは、何とも不思議な光景で、見るたびに成長する従姉妹の子どもたちを目の当たりにしながら、自分も年齢を重ねているのだなあ、と感じた次第。いやぁ、集合写真を撮影しなかったこと、この先の後悔になりそうだなあ…。

閑話休題。
お盆の過ごし方は、各家庭、地域によってそれぞれバラバラだと思います。長い休みに入っている人もいると思いますし、お盆も関係なく仕事をされている方だっています。 以前であれば、当時、千葉県市川市に在住していた妹が帰省してくる時期でもあったため、帰省を前に何となく家の中がそわそわした感じがあったのですが、その妹も今では弘前市内に在住しているので、帰省してくる人もいなくなりました。

また、父の本家は世界自然遺産「白神山地」の玄関口、青森県中津軽郡西目屋村の大秋という集落にあり、僕らが小さい頃は、お盆の時期になると父の兄妹やその家族が大集合し、宴会が繰り広げられるということもありました。しかし、親も子もそれぞれ年齢を重ねるとともに、新たな家庭を築いたり遠方に居を構えたりで、一同が集合するということはなくなってしまいました。

もっともうちの場合、別にお盆の時期でなくとも時々お邪魔する機会があるし、むしろ本家の従姉弟が家族を連れて帰省する時期、きっと忙しいだろうということで、敢えて訪問を避けている、ということがあるのも事実。
さて、お盆といえば色んなお供えや飾り付けがあるわけでして、うちの場合は玄関に提灯をぶら下げて、仏壇の上にはモナカの皮(のようなもの?)で作ったカラフルな灯籠をぶら下げています。

でも、キュウリとナスに割り箸を突き立てた牛と馬は作りません。

ちなみに仏前にぶら下げたカラフルな灯籠は、母の実家のお墓に行ったら、お墓の前にぶら下がっていました。他の家のお墓には、何か平べったい餅みたいなものも一緒にぶら下がっていましたが、さすがに他人のお墓ということで、撮影は遠慮しました。しかし、あの餅みたいなのは、何だったんだろう?

…そんな中、うちで「法界折」を作るというのがお盆の恒例行事となったのは、いつ頃からだったでしょうか。「法界折」については以前2度このブログで紹介していますが、今でもこの時期になるとアクセス数が一気に増えるという、こちらで生活している人間からすると、何とも不思議な現象が発生します。まあ、津軽地方独特の風習であることは事実らしいのですが、今年の法界折は、こんな感じでした。

今年は多少数が減り、製作個数は大小合わせて8個となりました。私は今回、ほとんど調理を行わず、折詰め専任でしたが…。

なお、非売品につき注文は一切受け付けしておりませんので、念のため。

午前4時からこしらえたこの法界折を持参し、午前8時頃には菩提寺へ。
うちのお寺の境内は現在、区画整理を実施中。無縁仏となったお墓が相当数あったらしく、青いシートの下には、横たわった古い墓石がチラリと見えました。この区画整理の煽りを受け、来年以降、うちのお墓も移転しなければならないらしいです。いやはや何とも。
今年は混雑が分散して良かったね、なんてことを言いながら墓参りを終えて寺を後にしようとしたら、雨後の竹の子よろしく大渋滞が発生していたという…ちなみにその足で、妻の父が眠る近くのお寺にも向かいました。

ところで我が家は、弘前市内に2か所ある寺院街のうち新しい寺院街の通りに面しています。このため、毎年13日は家の前が大渋滞となり、家から出るのもうんざりするぐらいの状況に陥るのですが、今年は13日が日曜日、しかも3連休だったということもあって、お墓参りのタイミングが分散したようで、多少ではありますが渋滞の度合いが改善されていたように思われました。…いや、これって墓参りに来る人たちが減っているのかな?

余談ではありますがうちの菩提寺はこの通り沿いではなく、古い方の寺院街、禅林街と呼ばれる通りにあり、移動するのも結構大変なのです。さらに、午前中だけでお寺を3か所、お墓を4つ回ったのですが、最後に訪れたお墓がこちら。

ここはペット専用のお墓で、昨年相次いで亡くなったハナとモモ、そして妻の実家で飼われていたピッピが眠っています。…心なしかどこのお墓よりも、このお墓が一番賑わっていました。ペットに注がれた愛情、そしてペットを想う気持ちは、人間を想うそれ以上なのかも。オラもここに入れてもらうかな、なんてことを思った次第。

そうそう、一つ心残りを挙げるとするならば、せっかく4日(実質3.5日)も休みがあったにも関わらず、初日(山の日)に出勤するハメになった結果、20キロオーバーのランニングを一度もできなかったこと。お盆休みという気分も半減し、何かもったいないことをしたなあ、と。

この件については最近思うところも大分積もり積もっておりますので、後日改めてこの場でぶちまけようと思います。


2017 沖縄本島旅行記その3(観光編) #沖縄 #OKINAWA


3度に分けてお届けしてきた2017年沖縄本島の旅行記も、ようやく最終回です。
その1、その2は以下のリンクから。

2017 沖縄本島旅行記その1(宿泊&ビーチ編) #沖縄 #OKINAWA

2017 沖縄本島旅行記その2(食事編) #沖縄 #OKINAWA

沖縄本島には、ご存知の通り観光スポットがたくさんあります。世界遺産でもある首里城をはじめとする城(グスク)群やその関連遺物、本島と離島を結ぶ数々の橋、沖縄にとって過去の暗い歴史でもある南部の祈念公園、もちろんビーチだって観光スポットとなることでしょうし、悩みの種でもある米軍基地の周辺施設すらそうなり得るものもあるはずです。

そんな中で、今まで訪れたことがなかった本島最北端。ヤンバルクイナが生息し、多くの自然が残るエリアでもあります。
今回、ようやくその本島最北端のエリアまで足を延ばすことができました。

【道の駅ゆいゆい国頭~辺戸岬~茅打バンタ】
那覇市内を9時30分頃に出発、沖縄自動車道で許田ICまで北上し、休憩と称して道の駅2か所に立ち寄りました。
立ち寄った2か所目の道の駅が「ゆいゆい国頭」。
「くにあたま」ではなく、「くにがみ」と言います。急ぐ旅でもなく、ゆっくり走っていたので、11時30分過ぎだったかな。ほとんどお客さんはいませんでしたが。
玄関では、何だかシュールなオブジェがお出迎え。

屋根には当然シーサーの姿が。

店舗内の撮影は控えましたが、ヤンバルクイナ関連のグッズも多数取り揃えられていたほか、沖縄土産もたくさん販売されていました。(個人的には道の駅ではなく、地元スーパーなどでお土産を物色するのが大好きなんですけどね。)
ただ、これだけは撮らずにいられなかったジュークボックス。
風情があって格好いい!…んだけど、収められている楽曲を見て目が点になりました。やっぱり、シュールです。(画像をクリックすると、楽曲名が見えると思います。)

再び北上を開始、約15分で辺戸岬に到着!ついに本島最北端までやってきました。

手付かずの海!って感じでとっても綺麗です。

実はこの岩に、仏像がたくさん備えられているんです。何せ断崖絶壁、多分そういうことをする人がいるんだろうな…。

天気に恵まれたのが最高の景色を見ることができた最大の要因。

まあでも、景色がきれいだからいいや。向こうに見えるのは、与論島。ヨローン、ですね。(仲間内のネタですいません。)

そして何ともセンスに欠けたシュールなオブジェが、ここにも…。「ヨロン島・国頭村友好記念碑」なのだそうです。

しかし、周辺には店らしきものが一軒あるものの営業している気配もなく、なんか観光地というよりも辺境に来てしまったような気分。

ついでなので、すぐ近くにある茅打バンタにも立ち寄ってみました。パンダじゃないっすよ、というボケはいらないですね。
バンタって、崖のことを意味するのだそう。さぞかし絶景なのかと思ったら、木が結構生い茂っていて、正直よくわかりませんでした。

とはいえここも見晴らしが良かったので、許す。

【備瀬のフクギ並木】
前に訪れたときは、牛の曳く車に乗ってのんびりと景色を見たのですが、今回は歩いて散策してみることに。
木陰とはいえ、暑いものは暑いんです。

暑くてシーサーも白目剝き出しです。

この中で虫よけの線香が焚かれていました。実際私、朝のジョギングの際に5か所ほど虫に刺されました。

ルートの案内板が置かれていて、それなりに観光地化されているんだろうけれど、こういう地元の生活感が垣間見える風景、嫌いじゃないです。

鈴なりのゴーヤ。

あらま。おめでとうございます。暑そうだなあ。

最後は、以前お世話になった牛車とすれ違い。

【おまけ画像】
辺戸岬に向かう途中、一目で気に入った風景があり、帰りに立ち寄りました。大宜味村にある塩屋橋を跨いだところ、ここだけで何枚か撮影してみました。

ブロック屋さんらしいです。

よく見ると、以前は食堂だったらしく。

こういう入り江、結構好きです。

向こうに見える島は、屋我地島と古宇利島。

さすがにこの板の上を歩いて筏に乗ることはしませんでした。

ということで2017年の沖縄旅行記、これにておしまいです。何だか締まりのない終わり方でどうもすいません。ということで、また来年も行くぞ!


2017 沖縄本島旅行記その2(食事編) #沖縄 #OKINAWA


2017 沖縄本島旅行記その1(宿泊&ビーチ編) #沖縄 #OKINAWAはこちらから。

食事&観光編をお届けする予定でしたが、思った以上のボリュームになりそうなので、今日は食事編で。観光編はまた改めます。すいません。


今年は本島北部に拠点を構えたということで、ようやく本島最北端の辺戸岬まで足を運ぶことができました。
これで、最南端から最北端まで、ようやく本島を縦走したことに。ただし国道58号沿い側しか走っていないので、まだ本島完全制覇への道は遠いのであります。(…って、制覇するつもりもないんですけれど。)

まずは沖縄到着初日。レンタカーを借り、移動を開始。一食目は、やはり「すば」でしょう。

【そば処 きくや】
沖縄そば激戦区の一つともいえる小禄地区の住宅街にあるお店。一日100食限定ということで、売り切れ覚悟でお昼過ぎに訪問。運よく駐車場に1台の空きができたのでそこに駐車し、入店してみると、家族連れをはじめたくさんのお客さんが既にそばをすすっていました。狙いは「ゆし豆腐わかめ入りそば」だったのですが、残念ながら売り切れ。そこで、「そば・じゅーしぃセット(750円)」をオーダー。まず、出されたお茶が「さんぴん茶」。これだけでポイント高し。そして、運ばれてきたセットが、はいこれドーン。

丼の陰に隠れているのは漬物。テーブルには紅ショウガとふーちばー(よもぎ)が置かれています。一口スープをずずっと…確かにうまい!ト○タ自動車の社長や衆議院議長も来店するというお店とのこと、でも決して敷居が高いわけではなく、あくまで庶民的なお店です。結局スープ完飲の手前で止められ、ご馳走様。

そしてここのおススメは「黒糖ぜんざい」です。かき氷の下に黒糖で炊いた大きめの豆と、白玉。これホント激うまで、この後ちょっとぜんざいにハマりました。(画像がないのは、運ばれてきた時点で溶け始めていたため、速攻で口に運んだからです。)

この後お土産など諸々の買い出しをほとんど済ませ、夜は那覇市内に宿泊しました。「ホテルロコアナハ」という、朝食がとても美味しいことで有名なホテルです。
夕食も那覇市内で、ということになり、弘前公園RC東京支部のYさん御用達、「古都里」へ行ってきました。

【古都里】
国際通りからちょっと外れた一角にあるお店に到着。

19時頃に入店すると、既に満席。Yさんにお願いをしてカウンター席を確保していただいていたので、一番の「特等席」に座ることができました。
まずはビール。「サッポロもあるよ!」と言われましたが、ここは沖縄再訪を祝してまずはオリオンでしょう。

「カウンターから3品選んでもらえるかな?あ、ラフテーは別料金ね。」
たくさんの料理が大皿に入って並べられています。

目の前にあるのは、茹で上がったシマダコかな?これは食べなかったんですけどね。

ナーベラー(へちま)のみそ炒め、ニンジンのシリシリ、ゴーヤのツナ和えをチョイス。

次は、ゴーヤーチャンプルー。なんで沖縄のゴーヤーってこんなにパクパク食べられるんだろう。もっともうちの場合、青森県内でもゴーヤーの消費率はかなり高いんじゃないかと自負しているんですけどね。

そして海ブドウ。これも定番。最初から醤油やタレをかけてしまうと、プチプチした「実」の部分が萎んじゃうんですよね。店によっては、最初からそれをやってしまう残念なところもあるという。

だいぶお腹もいい感じになってきたので、みそ汁を注文。こちらでイメージするみそ汁とは異なります。ポークランチョン(スパム)やレタス、しめじといった具がカツオ風味のだしで煮込まれ、最後に卵が投入されています。これがまた、美味いんだな。

すっかり満足して、お店を後にしたのでした。

2日目、9時30分過ぎに本島北部へ移動を開始。沖縄自動車道で許田ICまで向かい、そこから名護を経由してさらに北へ。途中あちこちに立ち寄りながらどんどん北上を続け、人もほとんど歩いておらず、車の数もどんどん減る中、ついに北端の辺戸岬に到着しました。…というこの話は、また後日。

本部町にあるホテルに向かう途中、以前から行こう、行こうと話していた店に立ち寄ることに。
時間は既に14時を回っていましたが、お腹がそんなに減っていなかったのが幸い。

【花人逢】
「かじんほう」と読みます。すっかり有名店です。焼きたてのピザとアセロラジュースが美味しいらしく。
高台にあるこの店、まず到着するまでが一苦労です。ホントにここ走って大丈夫?というぐらい狭い道を、やたらと遠回りさせたがる優秀なナビに案内させられ、対向車に怯えながら何とか店の前に到着。
ところが到着すると、店の外にはたくさんの人が入店を待っている状態。しかも、外国人(アジアの皆さま)が大多数。お前ら、日本に来てまでピザ食うのか?と思いましたが、それはこちらも一緒。結局30分ほど待って入店することができました。

ちなみに店の外からはこんな景色が堪能できます。

(本部町の瀬底島)

(こちらは伊江島。手前は美ら海水族館などがあるエリア)

(建物外観。立てかけた筵の陰で、食事していたり、呼ばれるのを待っていたり。)

外での飲食もできますが、運よく建物の中に入れました。メニューはいたってシンプルで、ピザ(中or小)とサラダとドリンクぐらいでしょうか。
なので、運ばれてくるのもそれなりに早い。
待ち時間5分ほどでサラダが、そのあと10分ほどでピザ(小)が運ばれてきました。

うむ。確かにこれは食べてみる価値アリだわ。しかもアセロラジュース、火照った身体には最高にウマい。こんなに感動するとは思いませんでした。そしてぜんざいに続き、アセロラブームが始まったのであります…。

3日目。この日はホテル近くのビーチで水に戯れ、近くの備瀬のフクギ並木に向かいました。散策の前に、ランチを取ろう、と。普段、休みの日と言えば麺類ばかりの昼食も、今回はちょっと違います。たまたま見つけた店に飛び込みで入店。

【チャハヤブラン (cafe CAHAYA BULAN)】
12時から開店だったらしく、ちょうど我々の直前に入店した女性二人組で満席となり、30分ほど待たされることに。まあ、仕方ない。

案内された席は、外のテラス席。暑いんじゃないかなあ、と思いましたが、扇風機が鎮座しており、さほど気になりませんでした。カフェがメインらしく、食事メニューはラフテー丼、アジアンそば、中華風鶏粥、野菜ビビンバの4つのみ。
で、注文したのはこちら。
アジアンそば(鶏肉大盛り)と野菜ビビンバ。

料理も期待以上に美味しかったのですが、スイーツ四種盛り合わせ(ケーキ、チェー(ベトナム風氷ぜんざい)、プリン、自家製ちんすこう)がおススメ。

眼前に広がるこのロケーション、長居したくなる気持ちもわかります!…が、お客様は皆さんだけでありません。他のお客様が待っているときは、少し状況を考えましょうね。

(テラス席から建物のガラスに映る風景をパシャリ)

朝方、ランがてら入り口を撮影。幟が目印ですが、ちょっと迷うかもしれません。

おまけの最終日。

【アセローラフレッシュ】
全国で開催される沖縄展にも出店しているというこの店、本部町のはずれにあります。訪れてみると、なんか笑ってしまうぐらい店の雰囲気のないところ。なんか、野菜や果物の選果場の一角にある、そんな感じです。がしかし、ここのアセローラフローズン、凄すぎます。激ウマ!

【空港食堂】
那覇空港1階にある知る人ぞ知る…の食堂だったのですが、すっかり有名になってしまったようで、結構な混雑ぶりでした。

旅行客よりも空港関係者の利用の方が多かったみたいです。でも、最近は逆転してしまったらしく、他の客と思しき人が「昔、こんなに混雑していなかったのになあ。」とぼやいていました。

相席は当たり前、食事が運ばれてくる順番もバラバラですが、食券制で「○○番の方~!」と店員さんが叫ぶと、ハイッ!と手が挙がる、そんな感じです。時間帯によっては行列も覚悟しなければ、といった感じです。
味はまあ、可もなく不可もなく、といったところでしょうか(笑)。

ということで食事編はこれで終了です。観光編までたどり着けるのか?これ。
(多分つづく)


2017 沖縄本島旅行記その1(宿泊&ビーチ編) #沖縄 #OKINAWA


毎年恒例となった7月上旬の沖縄旅行。

昨年は諸般の事情により2泊3日の旅程でしたが(詳しくは昨年の記事をご覧ください)、今年は3泊4日の旅程で満喫してきました。

台風直撃や熱帯低気圧の接近など数々の困難もあったこれまでの沖縄旅行。何と今年は、史上初となる連日の晴天。天気がいいと、心も何となく晴れやかになるもの。やっと報われた、そんな気分で4日間を過ごしました。…まあ、落とし穴は最終日に待ち受けていましたが、その話はまたのちほど。

宿泊先は毎回悩むのですが、恩納村界隈のリゾートホテルではなく、今回は美ら海水族館に程近い本部町の「ホテルオリオンモトブリゾート&スパ」にお世話になりました。その名が示す通り、オリオンビールの系列です。

(画像はクリックすると大きいのが出てきます。以下同じ)

ホテルの全景。朝方のジョギングの最後に撮影しました。手前の樹木があれで、ミニチュアみたいになっていますが、12階建ての立派な建物です。
ビールが旅行のメインとなるはずがない、という自分自身の概念が覆り、今回はビールがかなりポイントとなりました。このホテルの選択は、結果として大正解。天候に恵まれたからこそ、と言えばそれまで。でも、ホテル内のサービス、居心地、ビーチやプールなどのアクティビティ、更には常設された天然温泉と、恐らくこれまでの宿泊した沖縄県内のホテルの中でも、ベスト3に入るのは確実かな。それぐらい充実していました。ちなみに部屋の広さは50㎡とかなり広め。もちろんバルコニーが設置されています。チェックインは14:00、チェックアウトは11:00。Wi-fiも完備されており、全館で比較的繋がり易い環境にあります。

ノークリーニングサービス(シーツ交換など不要)を利用すると、ドリンク1杯無料券を頂くことができます。もちろん、利用しましたよ。

到着時の対応 ★★★★★
ホテルに到着したのは9日の16時過ぎ。朝からずっとハンドルを握っていた僕を待ち受けていたのは、3階にあるエントランスの正面に設けられたウェルカムドリンクのコーナー。

正面からの景色。この左手にコーナーが設けられています。
さすがオリオンビール系列ということもあって、何とビールサーバーが鎮座しています。ソフトドリンクも2種類用意されていましたが、迷うことなくビールをオーダーすると、プラカップに注がれた冷たいビールが。この日はもう運転する気力なし。ここは飲むしかないでしょう。…これがまた泡がきめ細かくて本当においしいのであります!

ホテルの中を散策してみました。屋外ステージの横に、シーサーがいます。

一見パワースポットか?と見紛う光景。「琉球庭園」というそうです。猫がいました。野良猫らしいです。

隣接する「エメラルドビーチ」へ。日が暮れ始め、誰もいなくなった海を、監視員さんが監視していました。お疲れさまです。明日、この海で泳ごうっと。

上層階への移動 ★★★★☆
ホテルはエントランスで二手に分かれていて、スイートルームしかないクラブウイングと、一般やファミリー向けのツイン、ダブルなどの部屋が配置されたオーシャンウイングとで建物が構成されています。僕らはオーシャンウイングにある通常のツインルームに宿泊しました。11階に案内されましたが、オーシャンウイングだけで200室以上あるにもかかわらずエレベーターが3基しかなく、朝夕の混雑時は、エレベーターに乗ることができず憤慨する5~7階の宿泊客を何人か見かけました。これ、この先のシーズンだともっと大変そう…。

食事 ★★★★★
時期が良かったのでしょうか、朝食は2度ともストレスなく会場に入ることができました。家族連れやアジア系の外国人客も多く、賑やかを通り越したうるささを感じることもあるかも知れませんが、和洋中さまざま揃ったビュッフェ形式となっており、食べるものに困るということはないと思います。ちなみに僕は、週末の健康診断のことをふと思い出し、焼け石に水とは思いながらも中華粥を食べていました。一見するとシンプル(=どこにでもありがち)な内容と捉えられそうな一方、沖縄料理やこだわりのコーヒーなど、随所に「おっ!」と目を引くものが並んでいます。

ちなみに3日目の夜は館内にあるうちなー居酒屋「嘉例(カリー)」を利用してみました。18時以降の予約ができず、早い者勝ちです、みたいなことを言われていたので、頂いたドリンク無料券を片手に19時前に訪れてみると、既に満席。その場で席の予約をする形となり、約1時間後には入店できました。ホテルの館内にあるこういう施設って、税別、サービス料別のところが多いのですが、全て込みこみだというのは良心的だと思いました。

エメラルドビーチ ★★★★★
ホテルに隣接する「エメラルドビーチ」は、ホテルのプライベートビーチではありません。しかし、今まで観た沖縄のビーチの中では3本の指に入るであろう綺麗なビーチでした。天候にも恵まれたこともあり、連日綺麗な海を眺めることができました。眼下に広がるこの景色、ずっと見ていても飽きません。到着直後、夕暮れの時間帯に突入。

こりゃ飲まずにはいられないでしょう。オリオンじゃなくてすいません。

そして夕暮れ。遠くに見えるシンボルのような島は、伊江島。

翌日も晴天ナリ。ありがとう、天気の神様!

反対側にもビーチがあります。全体で3,000人が泳げるらしいです。でも、現地の人は日中は泳がないんだとか。

雲が取り払われると景色が変わるんですよ。…あ、すいません。すこし画像を弄りました。

せっかくなので泳いでみました。

白い砂に青い海。青森県にはない光景。これが見たくて、毎年沖縄を訪れているのかも。

海からホテルを眺めてみました。そうそう、ホテルは全室オーシャンビューです。

このビーチ、沖縄でも珍しい礁湖(ラグーン)内にあるビーチなんだそうで、潮が引くとこんな感じになります。

ちなみにこのビーチの前から巡回バスが運行されており、美ら海水族館の目の前まで片道100円で行くことができます(一日券は200円)。もっとも、歩いていくこともできるんですけどね。絶対もう一度訪れたいと思っていた「備瀬のフクギ並木」から、400メートルしか離れていないし。それぐらい利便性に富んだ場所に立地されているホテルだと言い切ることができるでしょう。

ここに関する投稿はまた後日、改めて…。

温泉 ★★★★★
ホテルの5階には、ジュラ紀温泉「美ら海の湯」という天然温泉が常設されています。オーシャンウィング宿泊者は1,650円(入湯税込み)で、宿泊者以外は2,150円で利用できるそうですが、僕らは特典付きの宿泊だったので、入湯税150円(1日分)のみで利用することができました。源泉かけ流しだそうです。洗い場が20席もあり、広々とした感じ。ドライとスチームのサウナがそれぞれ設置されています。営業時間は早朝6時から10時まで、11時30分から24時まで。男湯と女湯は日替わりの入れ替え制で、僕は都合2度、妻は4度も利用していました。夕方の時間帯と、お子様連れが利用する19時前後は結構混雑するみたいです。沖縄に来て温泉というのも、なかなかいいものです。

駐車場 ★★★★☆
駐車場はホテルの近隣にあります。宿泊客は無料で利用できます。広々としたスペースで、結構な台数を停めることができるようです。ただし、日陰がないため、時間帯によっては車内が灼熱地獄となります。

ちなみに、今回の旅での唯一の汚点が、ここで。

最終日、チェックアウトを済ませて車に向かっている途中で、気づきました。
駐車券が、ない…。

何と、駐車券を紛失してしまったのです。ふと気づきました。そうだ、ドリンク無料券を頂いたときに、同じ袋に入れたんだ…そしてその袋、捨ててしまったんだ。

嗚呼…暑さと焦りで汗がボタボタこぼれてきます。さて、どうなったか。

出口の無人ゲートを見ると、「駐車券紛失」のボタンが。
車に乗り、恐る恐るゲートに向かい、ボタンを押すと…。

2,000円

半泣きで紙幣投入口に2枚の千円札を投入し、ゲートオープン。結果的に、無料で頂いたビール以上の出費となりました。

まあ、これも旅の思い出、ということで。

(続く)

次回は「食事&観光編」をお届けする予定です。

 


不安定の上の安定


このブログでは極力仕事の話はしない、と決めているのですが、ふと思ったことがあり、意を決しての投稿です。多分こういう投稿はもうしないと思います。とりわけ同業者の皆さまからは、異論反論色々あるかも知れませんが、それもすべて享受する覚悟です。(裏を返せば、こちらからは一切異論反論はしないという宣言です。)

ご存じの方も多いと思いますが、僕の職業は地方公務員。世間で言うところのいわゆる「役人の端くれ」をやっています。役所勤めも25年目に突入、早いものです。気がついたら「定年」まであと14年しかありません。いや、僕らの頃には「定年」の年齢も引き上げられ、馬車馬のように働いているのでしょうか。それでも恐らく「折り返し」は既に過ぎたはずなので、ぼちぼち「ゴールの先」を見据えていかないと、なんてことを思い始めているところです。

「お仕事は?」と聞かれ、「役所に勤めてます」というと、大概の人は「あー…。」と納得します。なぜ納得されるのかは、正直わかりません。個人的には「役所色」を出さない、いわゆる「公務員らしくない公務員」が理想型なのですが、一度染みついてしまった「色」って、なかなか消すのが難しいものです。それは、年を重ねれば重ねるほどに。

入庁したての頃、「役人って、いいよね。安定してるし。」と、僻みなのか妬みなのか嫌みなのかよくわからないことを周囲からは言われたものでした。
僕の知る限りにおいて、青森県内では「公務員、教員、銀行員」がいわゆる「安定している」仕事だと言われていたように思います。

…でも、「安定」って、何をもって「安定」と言うのでしょう。
勤務時間?給料?身分保障?景気や社会情勢に左右されないということ?

この仕事に就いてから僕は、常日頃から「こんな不安定な立場なのに、安定もクソもあるか!」と思っていましたし、今もその思いは心の中でずっと燻っています。そんな中、最近この記事を拝読して、やっぱり同じ事を考えておられる方っているんだな、と溜飲を下げると同時に、明日は我が身と身につまされるような気分にも苛まれました。
…ところでお前は、どうなんだ?と。

公務員になるというリスク

僕の周囲には、早いうちから公務員であることに見切りをつけた人が何人かいます。もちろん個人的に色んな事情や思いがあってのことですし、辞めたくないのに辞めた人もいるかも知れません。しかしその多くは、役所という組織やルール、しがらみから開放され、むしろ溌剌とした人生を歩んでいるようにも見受けられます。

ところで。
僕は自分のことを「本籍のないジョーカー」と言っています。

どういうことかというと、例えば国家公務員であれば、どこかの省庁に配属が決まると、ほぼ最後までその一つの省庁の中で異動するようです。
これが地方になるとそういうわけにもいかず、全く畑違いの部局に異動する、ということが当然の如くあります。
それもある程度まで年齢を重ねると、それなりに収束していく(所属の部局が固定されていく)ように見受けられるのですが、僕の場合は勤続25年目、46歳になった今でも、収まるどころか一向に落ち着く気配がありません。役所勤めのスタートとなった土木(県土整備)での勤続9年の後は、よくもまあこんなに転々とするものだ、というぐらい、あちこちの部局に異動しています。総務、商工労働、農林水産、危機管理…異動するたびに部局が変わるんですから。良い方向で捉えると百戦錬磨のマルチプレイヤー、悪い方向で捉えると、戻る場所を失ったババ抜きのジョーカー。

だからこそ自分のことを「本籍のないジョーカー」と言っているのです。もっとも最近は、「別名、閉店請負人」と自虐的に言っています。僅かこの3年間で立て続けに、グループや組織の縮小、閉鎖、解散に遭遇したからなのですが…。

異動のたびにそれまで見たことも聞いたこともないような、そんな業務を割り振られることは当たり前。今も日々是学習であり日々是勉強。未だにずっと1年生をやっているような気分。ただ、これは決して僕に限ったことではなく、多くの役人(特にスタッフ職)の現実なのではないかと思います。そういう意味でも、役所勤めにとって「安定」なんてあり得ない、などと考えてしまうわけです。

しかし、実はそんな中で唯一「安定」というか、一貫していることがあります。
それは、僕の仕事の内容が「相手あっての業務」だということ。

お前、何を言うか。相手があるのは当たり前だろう、と言われそうですが、いわゆる法律や数字といった「口言わぬもの」を相手にするのではなく、組合、商工団体、法人、企業、そして組織など、僕の対面には常に生身の人間がいました。ところが周囲には、この対人業務を不得手とする人がいたり、数の中には違う意味での「厄介な相手」がいるわけで、実はそれが意外と身近にいるケースが結構あります。これがまた、ホント面倒臭いんですが。

日々刻々と変わり続ける景気や社会情勢に左右されることなく、法律の下で業務をこなす以上、今から5年後10年後に自分の職場が消えた、ということを容易に想像することができない一方、この人口減少社会にあっては、都道府県の統合や道州制の導入など、予期せぬことが起こる可能性が全くゼロとは言い切れません。そういう意味では、確かに「身分」は安定しているのかも知れませんけれど、置かれた「立場」は不安定。そんな立場に不平不満を垂らすことなく、与えられた業務を「前例」に従って粛々とこなしていくのが、役人に与えられた究極の至上命題なのでしょうか。いや、それとも…。

以前、新制度の施行に伴うある業務に携わる機会があり、最長となる5年間にわたって従事、それなりの道筋を作ったことがありました。何せ「前例」がないので、非常にやりがいのある仕事でした。

その頃僕が作成した資料を、今でも説明会などで使っているようですし、更には他県でもそれを参考にして資料を作成したという話を聞きました。当時は、全国に先駆けて(前例ではなく)「先例」を作ったぜ!と鼻高々でしたが、その中で、当時の上司から言われた「前例は疑ってかかれ」という言葉を、今も自分なりの矜持としている一方で、そういう「見えない何か」を打破するって一筋縄ではいかないし、相当のエネルギーも使うわけです。

実際、グループの廃止が決まった5年目、最終年度の終盤は、「前例」がなかったために身を削るような思いでした。だって、組織の人が減っているのにいきなり仕事を増やされるのは、誰だって本意ではないでしょう。要するに役人も「仕事で楽をしたい」んですよ…イヤ失礼、「仕事を楽しみたい」んですよ。

昔、役所の中ではそれなりの立場だった人が、忖度する相手と立場を読み違えたのでしょうか、役所を離れた途端に木偶の坊みたいになってしまったケースを見たことがあります。OB面ぶら下げて役所の中で散々虚勢を張ったり大見得を切っても、誰も相手にしないワケです。こういう人間だけにはなりたくないし、晩節を汚してしまうような生き方ってホントにイヤだな、と思ったものです。役所で通用することが全て社会で通用するわけではないし、極論を言えば、役所の常識こそが社会の非常識だったりすることもあるわけで。

いやいやそれは違う、そんなことはない、と言われるかも知れませんが、「国の働き方改革」の方針に一番取り組むことができないのは、恐らく役所だと思いますよ。まあ、そもそも役所のための「働き方改革」ではないので、この予想自体は誤っているのかも知れません。ただ、大きな声では言えないけれど、ブラック企業ならぬブラック役所は潜在的に結構あるような気がするのです。

だから公務員や役所に「安定」を求めたら、とんでもないことになると思います。皆さんが思っている以上に役所の中は殺伐としているし、一寸先はホント闇だらけで何が起こるかわからない。一見安定しているようでも、不安定な社会情勢の中、役所だけが常に安定した状態でいられるわけがないのですから。例えるならば、バランスボールの上に立つ、こけしみたいなものでしょうか。(←意味不明)

さて、話がどんどんズレていった結果、いよいよ自分でも何を言いたいのかよくわからなくなってきました。その結論を見いだせぬまま、今日は矜持、忖度という言葉を使ってみたかっただけの大きな大きな独り言ということでお許し下さい。話の内容が安定せずにホント申し訳ない。
…お目汚し、大変失礼しました。