第5回弘前城リレーマラソンのこと #弘前城リレーマラソン #ランニング #リレーマラソン


前もこのブログで投稿したと思うのですが、僕は運動会が大嫌いでした。小学生の時、運動会の前日は「雨降れ~、雨降れ~」と念じながら床に就き、翌朝6時の運動会開催の花火(狼煙)でガッカリしながら目を覚ますという6年間を過ごしました。なんでそんなに運動会が嫌いだったかと言えば答えは簡単。

足が遅いから。

だって、ダントツのビリでゴールした僕の腕をおもむろに捕まえた父兄の手には、1位の旗。それを見た他の父兄(同級生の親御さん)に「その子違う!違うから!」と間髪入れずにダメ出しが入るという、いわばビリの常連だったわけですよ。そんな暗黒の時代から30年以上経った今も、運動会とかリレーとか、そういうのが苦手なんです、実は。

またしても前置きが長くなりました。
すっかり初夏の風物詩となりつつある「弘前城リレーマラソン」。この大会は弘前公園内の周回コース約2キロを21周するというフルマラソンサイズと、途中折り返して約1キロを21回往復するというハーフマラソンサイズの2つが用意されており、1チームの編成は5~21名。制限時間はフルが4時間30分以内、ハーフは2時間30分以内で、走る順番や1人何周するかは各チームの自由となっています。

僕が所属している弘前公園ランニングクラブはもちろん、仲間のランニングチームもたくさん出場しており、いわば年に一度のお祭りというか、ランニング仲間の「同窓会」みたいなもの。普段は一緒の大会に出て、バラバラに走っていくので、ランナーに声援を送る機会なんぞほとんどないのですが、この日は自分の出番が来るまで他のランナーに声援を送ることができます。
実際、次から次へとやってくる仲間のランナーに声援を送るのも、楽しいものです。

昨年に引き続き、今年も弘前公園RCのチームではなく、盲人ランナーであるAさんのチームからの出場。前回は60代後半のメンバーばかりが顔を揃えた(自称・風前の灯火)チームでしたが、今回は若い息吹が吹き込まれることとなり、小学5年生からもうすぐ古希という非常に幅広い世代に渡るチーム編成となりました。とはいえ寄る年波には勝てないようで、皆さんいろいろ故障が出始めているのも事実。僕に与えられた役割は、そこをどうフォローするか、ということだったようです。

今回は全部で11名のチーム編成ですので、単純計算すれば一人2度走ればいいところ、そういう諸々の事情もあり、伴走1回、単独走2回の、計3度走ることに。まあ、これはこれでやむを得ない。

ただ、いきなりスタートを走らされることになったのはちょっと予定外でした。そう、いわゆるスピード走を未だに不得手としているのに、なんで最初に走らせるかな…と、正直ちょっと憤慨していました。あとで聞いたら、僕は「このチームのエース」なんだそうで。まあ、平均年齢を下げているのは紛れもない事実ですけれど、申し訳ないんですが、それは人選を完全に誤りましたね…。

10時直前。スタートラインに顔をそろえた約200人の精鋭は、いずれもスピード狂の猛者ばかり。すっかりその中で萎縮してしまったワタクシ、スタート直前の生ファンファーレとカウントダウンで色んなものをチビリそうになりながら、号砲と同時に猪突猛進よろしく猛ダッシュのランナーに揉まれ、無理を承知で猛ダッシュした結果、1周たった2キロ(正確には2.2キロ)にもかかわらず、500m地点で既に息上がるという失態。完全にペース配分を間違えました。
1キロ手前の長い上り坂、そしてたすき受け渡しゾーン手前でそれぞれ小学生に追い抜かれ…。

走り終えた後に見てみると、正確に捉えているのかどうかはわかりませんが、約2.2kmを8分36秒で走っていた、という結果。最初の1キロを3分30秒ぐらいで走っていたようですが、その後ガクンと一気に4分8秒ぐらいまでペースが落ちていました(3分51秒/km)。

2周目(2.1km)は伴走。こちらは1キロ6分のペースで、途中幾度か転倒しそうになる危ういシーンもあったものの、何とかお役御免(6分02秒/km)。

3周目(2.1km)は再び単独走。かなり時間が空いたので疲れは残っていないはず、と思っていたのですが、実際走ってみるとかなりクタクタで、辛うじて1キロ4分を切るペースで走りきりました(3分59秒/km)。

いやぁ…正直もう少し行けると思ったのですが、この現実を突きつけられて意気消沈。ホントにスピードがないことを、改めて突き付けられた結果となりました。まあ、マラソンとこれとは別物だからさ、と文字通りの自慰。嗚呼、嗚呼…。
個人的にはこれ、スピード練習の一環と割り切って出場しているつもりだったのですが、まさかこの短い距離で大きなムラが出るとは思いもせず、結果としてはあまり良い練習にはなりませんでした。正直言ってこの距離は、どうやって走ればいいのかよくわからず、すっかり意気消沈…。

さて、今年の大会はこれで終わりのはずだったのですが、競技開始から間もなく4時間、多くのチームがゴールを迎え、撤収や帰宅の準備を開始する中、うちのチームもようやく最後の21周目がスタートしました。他の方の伴走で、最後の周回に臨むAさん。すると小学生姉妹が突然「私も一緒に走る!」と言い出し、目の前を通過したばかりの二人についていったのです。深い意味はないのでしょうけれど、その意気込みにちょっとした感銘を覚え、これは…と思い、4人の姿を追いかけることに。途中撮影を交えながら、結局もう一周を駆け抜け、全員でゴールを迎えました。

(坂を登る4人。3人がそれぞれAさんの力になっているのだから凄い。)

ちなみにこのチーム、一昨年は制限時間内に21周走りきることができず、途中リタイヤ。昨年は初めて僕が伴走で参加して4時間18分、今年はチームの層が厚くなったおかげもあって、4時間10分でした。昨年「4時間切りを!」とぶちまけた張本人としては、少し物足りない結果に。まあでも、いいんです。寄る年波に負けじと老体に鞭打って頑張っている皆さんに拍手です。

さて、今年は主会場となる弘前公園内の競技場の一部が、石垣修復工事の関係で資材置き場となっており、かなり窮屈感がありました。また、工事の影響でコースも一部で変更を余儀なくされ、競技場に入る直前の右・左・右と続くクランクみたいなコース取りは、走る側にしてみると結構大変でした。
時間の経過とともに、たすき受け渡しゾーンが狭くなるのは例年のこと。もう、こればかりは参加者の良心に頼るしかないのかな。
また、毎年必ず注意の対象となった土塁に登る子どもたち、本部席が土塁側に移動したことで、例年よりは少なかったようです。
一方、たすきを受け取った直後、トラックから園内へ出る通路を見誤る人が結構多かったのは気になったところ。(誘導がわかりづらかったのかな?)

もう一つ、「伴走」のゼッケンはちゃんとつけて走った方が良かったですね。それも前ではなく、背中に。実は私も「伴走」のゼッケンはつけていなかったんです。ところが、コースでかなり幅の狭い区間があり、二人並走すると追い越すのが難しいんです。そんな中、二人並んで走っていると、背後から走ってきた人からは、さてこの人たちは何で仲良く並走しているんだろうか、邪魔だなぁ、と思われたことでしょう。本当にすいませんでした。
この点については、実行委員会に対してしっかりとお伝えしておきたいと思います。

当初、雨だった天気予報はいい方に外れ、風が冷たく少し寒かったものの、雲の切れ間から時折日差しが差すという絶好のランニング日和。多少水たまりが残っていましたが、主催者側で砂を撒いたらしく、走る分にはほとんど影響がありませんでした。毎年、開催前から雨を危惧する大会だっただけに、天候に恵まれて本当に良かったと思います。おかげで結構日焼けしたようです。

県内外、特に秋田県からの参加者がかなり増えていたように見受けられました。これからも手作りっぽい、家族や仲間との絆、温もりなんていうものを感じられるような、ステキな大会に成長していったらいいな、と他人事ながら思った次第です。
関係者の皆さま、本当にお疲れさまでした。お世話になりました。

(帰り道、公園の堀端を散歩していた亀。)


のんべ について

1971(昭和46)年 青森県生まれ。弘前市在住の青森県職員。
プリンスとビールと豆腐とラーメンを愛する。安い一眼レフカメラでいかに安っぽくない写真を撮影するかに興味あり。
ブログの内容の多くは、いつの間にか趣味となった「走ること」がメインです。

カテゴリー: Fun Running パーマリンク

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