2009年6月26日

さようなら、Michael

gremz 地球温暖化

未だ現実として受け入れたくないのだが、Michael Jacksonの死を悼み、そして敬意を表したい。
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朝起きてシャワーを浴び、テレビに目をやると、信じられないニュースが目に飛び込んできた。

「歌手のマイケル・ジャクソンさんが、心配停止状態でLA市内の病院に緊急搬送されました。」

その瞬間、僕の口から出た言葉は、あまりに冷淡な言葉だった。

「そうか、マイケル、死んじゃったか。」

しかし実際のところは、ニュースを見てひどく狼狽してしまい、それを必死に隠すために口から出た言葉だった。

結局、何が起きているのか、Michaelが無事なのかどうなのかもわからぬまま通勤電車に乗り込むも、いつもは惰眠を貪るはずなのに、そういう気分にもなれなかった。
やがて「マイケル、死亡か」という疑問形が「マイケル、死亡」という完了形にかわり、NHKの昼のニュースでも取り上げられていた。

この焦燥感と悲しみの入り交じった何ともいえない感情は、Luther Vandrossが亡くなったことを新聞記事で知った時のそれに似ている。James BrownやRay Charlesの時は、彼らの年齢も年齢だったし、「そうか、ついに亡くなってしまったのか」という感情の方が強かったのだが、そう、今回は先日亡くなった三沢光晴の死を知った時に限りなく似た感情だ。何故だ、どうして?まだこれからなのに...いろんな思いが交錯して、どう表現をしていいのかわからない。

ただ一つハッキリしていることは、Michael Jacksonがこの世を去ったという、信じがたくも受け入れざるを得ない事実だ。

中学校に入学する頃から洋楽にのめり込んでいった僕にとって、Michael Jacksonはまさにスーパースターだった。

世間からみても80年代を代表するアーティストであり、いろんな意味で世界中から注目されていた。しかし、その注目の度合いが高まれば高まるほど彼の奇っ怪な行動がクローズアップされるようになり、度重なる整形手術とも相まって、音楽以外の面でばかり注目されるようになっていった。その間、相次ぐトラブルで心労もたたっていたはずだ。
今年3月に行った、ロンドン公演に向けた記者会見の姿を見ても、決して元気な姿、とは言えなかった。

彼の音楽活動は2001年のアルバム「Invincible」を最後に実質途絶えていて、前述の通り最近は音楽以外の話題ばかりで注目を集めていたが、来月から始まるはずだった復活ツアーを機に、きっと何かをやらかすに違いないと期待を寄せていたのに...。
新しいアルバムだって、ほとんど完成しているとかいないとかで、昨年あたりから音源が何度もリークされていたことを考えても、結局なんだかんだ言いながらもみんなMichael Jacksonに大なり小なりの興味を持っていたんだと思う。

それにしても、何て表現したらいいんだろう。

本当に空しいというか悲しいというか、そういう次元じゃないんだよな...。
結局Michael、あなたを生で観るという僕の夢は、叶わぬものになってしまった。

でも、ひょっとしたら本人はこれでホッとしたのかな。

いろんなところから追いかけられる心配もないし、トラブルに巻き込まれることもない。
この死はMichaelにとって、迎えるべきタイミングだったのだろうし、それを静かに受け入れざるを得なかったのかも知れない。
疲れたでしょう、Michael。
もう、何も悩むことはないから。今はただ、安らかにお眠りください。

ありがとう、Michael。さようなら、Michael。

合掌

嘘だろ!?

 朝から冗談きついよな。

Michael Jackson Dies

We've just learnedMichael Jacksonhas died. He was 50.

Michael suffered a cardiac arrest earlier this afternoon at his Holmby Hills home and paramedics were unable to revive him. We're told when paramedics arrived Jackson had no pulse and they never got a pulse back.


マイケルが死んだって書いてるけど...これって嘘だよね!?
誰か、冗談でした。誤報でしたって、言ってよ。

信じられない!いや、信じたくない!!

2009年6月25日

Apple Store 限定 PORTER iPod/iPhone CASE

gremz 京都議定書
以前からiPod touchに合うPORTERケースが販売されないものかと思っていたら、いつの間にか第一弾のケースがApple Storeで販売されていたようです。ところが、どうやら限定販売だったらしく、程なく姿を消してしまいました。

嗚呼、これはもうお目にかかることはないんだろうな、と思っていたら、何とマイナーチェンジを経た第二弾がApple Store限定で登場しました!

http://store.apple.com/jp/product/TW658J/A?mco=NzAyNDcyMA (オレンジ)
http://store.apple.com/jp/product/TW659J/A?mco=NzAyNDc2MA (ホワイト)

今回は、黒地にオレンジあるいはホワイトの2色での展開ですが、ポーチそのものの形状は、既に販売されているPORTER DRIVEのポーチ(S)にそっくり!!

ただ、サイズをみるとDRIVEのポーチはW70/H140/D25、一方AppleStoreで販売されているポーチはW70/H125/D45(いずれもサイズはミリ)と、微妙に違っています。また、DRIVEの価格が4,200円であるのに対し、AppleStore限定ポーチは5,800円と若干高めの価格設定となっています。

さて、PORTERのネームタグに目を転じますと、オレンジは黒字に白縫いのいつものネームタグ、ホワイトは文字通り白地に黒縫いのネームタグとなっています。
また、ホワイトはメッシュポケットのゴム部分も白くなっていて、アクセントを加えています。
一方のオレンジは、見れば見るほどPORTERの定番であるタンカーシリーズを彷彿させるような色具合です。

使い方としては、ダブルファスナーを施しているメイン収納部にイヤホンを、メッシュポケットに本体を収納するのがいいのかも知れません。

ちなみに、iPod/iPhone CASEという名が示すとおり、iPod touchだけではなく、他のiPodでも収納が可能で、PORTERならではのフレキシブルな作りとなっています。

既存のケースでは物足りない方、オシャレなケースを求めている方には、まさに渡りに船の商品ではないでしょうか。
興味のある方、購入はお早めに!

なお、PORTERのプライベートブランドであるHEAD PORTERでも、ウェット素材のオシャレなケースを販売開始したようです。こちらも要チェギラゥッ☆

2009年6月24日

自民が東国原知事に出馬要請

gremz オゾン層破壊
これで今晩か明朝、左側の木に変化が起きる、とか?

さて、昨晩のニュースでは、ほとんどすべてでトップ扱いされていたこのネタを今日は取り上げようと思う。

自民が東国原知事に出馬要請(毎日新聞 - 06月23日)

自民党の古賀誠選対委員長は23日、宮崎県庁を訪ね、東国原知事と会談し、衆院選に党公認候補として立候補するよう要請した。これに対し、東国原知事は「私を次の自民党総裁候補として、衆院選を戦うお覚悟があるのか」などと、逆に条件を突きつけ、結論は出なかった。

東国原知事はこのほか、国と地方の税源配分を5対5にするなどの全国知事会の要望を次期衆院選の党政権公約(マニフェスト)に盛り込むよう逆提案。古賀氏は明確な回答をしなかったという。会談後、東国原知事は県庁内で「党の体質を変えていただかないと、国民の支持は得られない」と記者団に述べた。

自民党は昨秋、政界引退を表明した中山成彬前国土交通相の後継候補として、衆院宮崎1区からの出馬を東国原知事に打診し、同知事が断った経緯がある。内閣支持率や党支持率の低迷を受け、自民党内では知名度の高い東国原知事への期待が再燃。党内には「自民党の顔」として、比例東京ブロックへの擁立案も浮上している。

古賀選対委員長は「毎年6月23日は必ず沖縄・糸満市を訪れ、沖縄戦没者の慰霊祭に出席するのだが、今日は東国原知事に会えるということで、わざわざ予定をキャンセルして宮崎を訪れた。」と、ご丁寧にも何とも恩着せがましい説明を伝えていた。

東国原知事としてはその場での即答を避けたが、今すぐにでも国政に打って出たくて出たくて仕方がない、というのが本音なのだろう。実際、既に国政選挙に向けて動き始めているようだ、という報道もされていた。

支持率低迷にあえぐ自民党にしてみれば、比例候補として東国原知事に出馬してもらえるのであれば、「党の顔」として格好の起爆剤になる一方、民主党をはじめとする他の党にしてみれば「目の上のたんこぶ」的な存在になりそうな予感。どちらにとっても「台風の目」になりそうな存在ではある。

しかし、自民党も節操がない。宮崎知事選の時、東国原知事を「泡沫候補」と一笑に付していたあれは何だったのか。「手の平返し」は政治の世界ではよくあることだが、一地方の知事にまですがらなくてはならなくなってしまったのかと思うと、と何だか情けなくなる。それとも、次は橋本大阪府知事に白羽の矢を立てる計画なのだろうか。まぁ、千葉県の知事ではちょっと厳しそうだからなぁ...。

ただ、どうやら今回は古賀選対委員長や一部の関係者(首相含む)の勇み足で、「党の総意」をもって出馬要請したわけではないらしく、結果的に党内のゴタゴタを露呈する始末となった。所詮自民も民主も一枚岩ではないということの表れ、と受け取ればいいのだろう。一方の東国原知事も本気なのか小馬鹿にしているだけなのかはわからないが、相当理不尽な要求に思える。いや、むしろこれは東国原知事流のウィットに富んだジョークなのだろう。字面だけを追うと、やんわりと出馬を否定しているようにも見える。でも、これだけでは真意が掴めない。

個人的には東国原知事の国政への鞍替えは、まだ時期尚早だと思う。実際知事の任期はまだ1年以上あり、彼が掲げたマニフェストは、まだ達成段階に達していないのだ。
東国原英夫宮崎県知事マニフェスト中間検証-早稲田大学マニフェスト研究所(pdfファイル)

宮崎をどげんかせんといかんと知事に就任したのに、任期途中、それもまだ就任1期目も終わっていない中で、どうでもよかばいと放り出すのは、いかがなものかということだ。

宮崎県内での東国原知事の支持率は、未だ80%を超えるという。裏を返せば、それだけ宮崎県民が東国原知事に県政の舵取りを託している、ということだ。その舵を投げ打ってまで鞍替えするほど、今の国政に魅力があるとは思えない。もちろんあれだけの知名度を誇る候補なので、いくら新人とはいえそれなりの要職を準備するだろうが、出る杭というのはどこにいても不思議と打たれるものだ。
少なくとも、昨日のようなビッグマウスを嫌う老獪議員からは、格好のターゲットとなることだろう。

いずれにせよ、まだ機は熟したとは言えないようか気がする。
まずは知事としての任期を全うし、総括してから国替えを検討すべきではないか。
道筋を付けてから後進に道を譲っても、まだ遅くはないのではないだろう。

それとも、衆院選で落選しそうな候補に県知事の椅子を譲る密約が出来ていたりして!?

2009年6月23日

セブン・イレブンのエコ

セブンへの排除命令、コンビニ経営に打撃 事業モデル転換迫る
6月22日22時21分配信 産経新聞

公正取引委員会がコンビニエンスストア最大手のセブン-イレブン・ジャパンに排除措置命令を出したことは、24時間営業など「利便性」を売りに定価販売を維持してきたコンビニのビジネスモデルに大きな打撃を与える恐れがある。今後、全国のコンビニで売れ残り弁当などの値引き販売が常態化する可能性もある。消費不況の中、コンビニ各社は生き残りに向けてビジネスモデルの転換を迫られそうだ。

この決定を受けて会見を開いた社長の言い分を聞くと、「値引き販売はイメージの損傷につながる」のだそうだ。しかし、これは自社ブランドを傷つけないための詭弁に過ぎず、要するに「見切り販売」を認めてしまうと、本部の収益が落ちてしまうということを言いたそうでもあった。
ご存じの通り「コンビニエンス」とは、「便利な」という意味であるが、それは利用者にとって便利なだけでなく、経営者にとっても高利益を生み出すのに「便利な」システムなのだろう。

それにしてもセブン・イレブンのサイトを見て、ちょっと笑ってしまった。
よくもまあこんなことをヌケヌケと言えるものだな...。

販売期限の見直しによる廃棄物発生の抑制

店舗から発生する食品残さを削減するためには、発生した食品残さをリサイクルするだけでなく、食品残さの発生そのものを抑制する必要があります。そこでセブン-イレブンは、2005年7月からお弁当やお惣菜について商品の鮮度チェック方法を見直しました。鮮度チェックの回数を1日3回から9回に増やすことで、これまでは販売期限よりも早めに売場から除いていた商品の販売時間を伸ばし、できるだけ売れ残り商品が発生しないよう工夫しています。
(参照)http://www.sej.co.jp/corp/social/reduce/period.html

だそうだ。
ところがこれは裏を返すとあくまで「定価販売」する場合であって「見切り品」のことを指しているわけではない。要するに加入店側に商品管理(仕入れ数量)の徹底を求めつつ、仮に食品残さが生じた場合、その経費は加入店が全額負担となっているから、そのことが加入店の経営を逼迫する一方で、本部は痛くも痒くもないというからくりは、今回、公正取引委員会の決定がなければ、多くの人は知らぬままだったことだろう。
そして、見かけ倒しの「エコ」にまんまと騙され、その裏で繰り広げられている本部からの統制に気づくことなく、ブランドイメージだけで「セブン・イレブンはいい会社」なんてことを思ったりするのだろう。

青森県は、全国でも数少ない「セブン・イレブンのない県」である(全国で10県)。インドネシアにも店舗を展開するセブン・イレブンにとって、青森県を含める10県は、それ以下の市場でしかない、ということなのだろう。だからといって別に、近所にセブン・イレブンがないからといって困ったことは一度もない。

もっとも、コンビニが淘汰されている現状を考えれば、セブン・イレブンが本県に参入してきたところでメリットはなさそうだ。
最初は珍しいから利用してみるだろうけれど、イトーヨーカドーにも同じような商品があることに気がついて、きっとすぐに飽きてしまうことだろう。

実際、青森県のコンビニ事情を見ると、当初はサークルKが席巻していたのだが、親会社の破綻により急速に勢いを失った。その後サンクス、ローソン、ファミマ等が相次いで参入したのだが、結果として招いたのはコンビニの飽和状態だった。わずか数百メートルしか離れていないところに同じ看板のコンビニがある、というところも少なくない(その一方で、空白地帯が多数あるのも不思議である)。

こうなると、コンビニそのものが淘汰されるのは時間の問題だった。実際、弘前市内でも既に閉店した店舗は少なくない。空き店舗は美容院やラーメン屋等に様変わりしているが、あの「いかにも」といった建物の形状が、以前この場所にコンビニがあったことを示す残骸となっている。

そんな中で今回の公正取引委員会の決定は、セブン・イレブンのみならずコンビニ業界全体が大きな転換期を迎えるきっかけになりそうな気がする。夜間人口の少ない地域での24時間営業、やる気のないバイト店員、品揃えばかりは立派な弁当、おにぎり、サンドイッチ...そして、定価での販売。

個人的には、コンビニを利用する機会は月に一度もない。確実にコンビニを利用するのは、釣りに出かけた時と、出張した時ぐらいだろうか。
わざわざ定価で購入するぐらいなら、近所のスーパーで同じ商品を購入した方が遙かにお得だからだ。

後継者不足や経営難に苦労していた地方(田舎)の商店にとって、コンビニのフランチャイズは、まさに渡りに船だった。店をコンビニ化することで暗く古めかしかった店の印象が劇的に払拭され、後継者を店主として呼び込むこともできる。そう、コンビニは後継者と経営の安定化、双方を得ることができた。
ところがその一方で、店の人たちと近況を話し合う、いわば社交場のようなあの地域独特の雰囲気がすっかり取り払われてしまったコンビニでは、地域の利用客は目減りしているようだった。
レジを叩く音、心のこもっていないマニュアル通りの挨拶、会話のない、無機質な店構えになった挙げ句、しばらくして廃業に追い込まれたという店をいくつか目撃している。

後継者問題や売上低迷に悩む地方の商店にとって、コンビニはもはや救世主ではない。
本部も加入店も、「コンビニエンス」というのが一体誰にとってコンビニエンスなのか、再考する時期に差し掛かっているのかも知れない。

浮き輪が萎んだ。

薄着の季節になると、冬場にため込んだ腹の周りの「浮き輪(要するに脂肪)」が気になる方も多いのではないでしょうか。かく言う私も35歳を過ぎたあたりから明らかに代謝が落ち始め、とりわけ腰周りの浮き輪は「固形物」と化していたのですが...。嗚呼、そういえば20代の頃は、脇腹をつまめるなんてことはなかったのに!

しかし。ここ最近、外見上の変化が着実に起こっています。
どうやらこの4月から始めた週末のランニングが功を奏しているようです。
何とこれまで、ベルトの穴2つ分浮き輪が縮み、今となってはベルトの穴を足さなければならないぐらいまでになりました。少なくとも冬場、ベルトの上に乗っていた脇腹の肉はほとんどなくなりました。

当然体重も減り、先日ついに一時的に65キロ台まで回復!!
残念ながらこれは一過性のものでしたが、現在は66キロ台後半から67キロ台前半に落ち着くようになり、体脂肪率も16~17%台で推移するようになりました。

正直、昨年の秋以降は路頭に迷い込んでいて、表面上は気丈に振る舞ってはみたものの、心の中では「この先一体どうしたらいいんだろう...。」「もうどうでもいいや...。」「どうせなるようにしかならないし...。」というネガティヴな思考ばかり蔓延していました。
毎日酒を煽り、口に入るものは何でもバクバク食べ、半分引きこもりのような状態に。その反動で体はブクブクと太りはじめ、気がつくと、スーツのベルトも必要ないぐらいまでパンパンになっていました。

冬には、畏友から「お前、相当太ったな」と笑われました。思えばあの頃、生まれて初めて体重が70キロを超えました。体脂肪も一時期20%台を指していました。

あれから半年、現時点で約3キロの脂肪を削ぎ落とすことに成功。今も(わずかながら)酒量をセーブし、口に運ぶものにも(少しだけ)気を遣っています。

ダイエットを主たる目的として走り始めたわけではないのですが、結果的にダイエットに繋がっているというのは、大変ありがたい効果です。ここまでハッキリと身体に出るとは思わなかったので、実は本人が一番びっくりしています。

徐々に距離を伸ばしながら、かつ極力平坦ではない道を選びながら、今週末はどこを走ろうか、頭の中でルートを考えるのがちょっとした楽しみとなりつつあります。浮き輪が取れたら、ダラダラ走りから脱却しようと思います。

2009年6月19日

太宰治 生誕100年の日

きょう太宰生誕100年 輝き今も
(東奥日報)

太宰治が金木村(当時。現・五所川原市)に生まれてから、19日で100年を迎えた。版を重ねて読み継がれる作品は、時に底なしの苦悩の告白として、またはユーモアあふれる筋立てにより、多くの人々に、生きる力を得るための手かがりを与えてきた。節目を記念した行事は引きも切らず、青森県が生んだ文豪に注がれる人々のまなざしは熱い。

19日の生誕祭は、生家・斜陽館のある五所川原市で開かれ、新たに制作された銅像が披露される。太宰が後半生を過ごした東京・三鷹市の禅林寺では、同じく生誕100年を迎えた盟友・今官一(弘前市出身)が命名した桜桃忌が行われる。

20日以降も青森県内では、記念フォーラムや「太宰治検定」、走れメロスマラソンなど多彩なイベントが続く。20日から県内上映開始の「斜陽」をはじめ、「ヴィヨンの妻」「パンドラの匣」「人間失格」と、節目とはいえ4作品も映画が公開される作家は、おいそれとはいない。太宰は日本を代表する作家の一人であり、青森県の大きな「財産」である。

今日は太宰治が生まれてちょうど100年の節目の日である。
太宰治といえば、ご存じの通り女たらしで何度も心中に失敗したあげく、39歳という若さで入水自殺により亡くなった。決して褒められるような生き様とは言い難いが、彼の遺した文学は、今もなお色褪せることなく読み継がれている。

僕が太宰治の作品に触れたのは中高生の頃のみだったと記憶している。
どうも斜に構えたというか、(僕もそうだけれど)天の邪鬼な視線で物事を見ているというか、そういうのがあまり好きになれないのだ。

ただ、太宰はわずか3年しか弘前に居なかったのに、意外と弘前びいきである。「津軽」では、以下のような記述があり、太宰が弘前を賞賛する一端が伺える。

太宰に言わせると弘前市は「津軽人の魂の拠りどころ」なのだそうだ。まあこれは、津軽地方が北は竜飛岬から南は碇ヶ関まで幅広いエリアであることを考えると、異を唱える人は多いような気がする。少なくとも津軽人にとっては、自分が生まれ育った地こそが、津軽の中心だと考える人が多い。
ただ、「青森市を特にきらつてゐるわけではない」が、「青森県の県庁を、弘前市ではなく青森市に持つて行かざるを得なかつたところに、青森県の不幸があつたとさへ私は思つてゐる」と言わしめるあたり、弘前市への思い入れの強さが伺える。

弘前には「どこを捜してもみつからぬ特異の見事な伝統がある筈」だというが、どうやらそれは、太宰亡き今となっても見つかっていないようだ。

太宰生誕100年という節目に、僕の年齢も太宰が命を絶った年代と重なってきた。そういう彼の生き様にも何となく同調できないところがあって、今まで何となく避けて来た太宰文学だが、確かPDAの中に電子書籍としていくつか作品が残っていたはずだ。
今はどういう風に響いてくるのか、久しぶりに作品に触れてみようと思う。

2009年6月18日

景気底打ち宣言

景気底打ち宣言 7カ月ぶり「悪化」削除 政府月例報告
(6月18日8時4分配信 産経新聞)

与謝野馨財務・金融・経済財政担当相は17日の関係閣僚会議に6月の月例経済報告を提出した。景気の基調判断を「厳しい状況にあるものの、一部に持ち直しの動きがみられる」と2カ月連続で上方修正した。昨秋以降の景気悪化の原因となった生産や輸出の持ち直しが顕著になっており、7カ月ぶりに基調判断から「悪化」の表現が消えた。与謝野経財相は会見で「景気は底を打ったと強く推定できる」と述べ、景気の底打ちを事実上宣言した。

政府が底打ちと判断したのは、民間企業の在庫調整が急速に進み、生産活動を示す鉱工業生産指数が2カ月連続で前月比プラスとなったほか、中国景気の持ち直しもあって輸出も急速に改善したためだ。平成19年11月に始まった今回の景気後退局面は、20年9月の米証券大手リーマン・ブラザーズの経営破綻(はたん)以降、急激に悪化したが、約1年半で大きな転換点を迎えた。

個別項目では5月に「下げどまりつつある」としていた生産、輸出が「持ち直し」「持ち直しの動き」にそれぞれ上方修正。定額給付金やエコカー減税など政府の景気対策も一定の効果をあげたとみられ、個人消費も「緩やかに減少」から「一部に下げ止まりの兆し」に上方修正した。

ただ、雇用情勢は「急速に悪化」との見解を変えず、設備投資や住宅建設は「大幅に減少」に下方修正した。雇用などの一段の下ぶれを懸念し、「底打ちはしたが、回復とはいえない」(内閣府幹部)と先行きに慎重な見方を崩していない。

上を見るとキリがないし、下を覗くと底がない、それが今の日本経済だと思う。しかし、政府はこのタイミングで景気の底打ちを「敢えて」宣言した。

タイトルだけ見ると、景気が好転したような印象を受けるが、決してそういうことではない。
海に浮かんでいた船が沈没し、海底まで沈んでしばらくした後、ようやくその船を引き上げる段階に来た、というだけの話であって、船を引き上げるためのワイヤーも老朽化が進んでいるため、持ち堪えられるかわからない。ひょっとしたらワイヤーが切れて、更に深い海底まで沈んでいく可能性だってある。
いくら底を打ったと喜んでも、今の景気動向とは所詮そんな状態なのだろう。

正直、景気の底打ちを宣言するにはまだ早すぎたような気がする。あるいはまた例のごとく、東名阪に限っては、事態が好転したということだろうか。

少なくとも僕の周りでは、ここ最近景気が上向いてきたと感じている人はいないようだ(景気が上向いてきたと感じる方、是非コメントをお願いします)。

では、なぜこのタイミングで底打ちを宣言したか。
要するに、これまで政府が行ってきた経済対策が、ここに来て一定の効果を生み出しているんだというPRを、解散総選挙の前に打って出たいということなのだろう。選挙対策用に景気の底打ちを喧伝することで、これまでやってきたことが正論だったということを主張したい、という思惑も見え隠れしている。
まあ、与党にしてみれば何かと攻勢に出るための「ネタ」、つまり「売り」のポイントに欠いているだけに、何でもいいので明るい話題を提供したいということなのだろう。

本当に景気が回復したといえるのは、船を海面まで引き上げた後、船の修繕も終わり、再び出航できる状態になってからである。しかし、青森県内に至っては、どうもまだ船が沈んでいる途中のように思えてならない。
底を打っただけであって、決して経済が回復基調にあるわけではないということ、そしてその時期は、決してすぐに訪れるわけではないということを、肝に銘じなければならない。

余談ではあるが、平成5年6月、当時の船田元経済企画庁長官が景気の底打ちを宣言したところ、急激な円高と冷夏により、その後宣言を撤回せざるを得なかった、ということがあった。

本県では依然オホーツク高気圧の勢力が弱まらず、6月とは思えないほど肌寒い日が続いているような気がするのだが、果たして...。

2009年6月17日

岡田JAPANが突き進む階段は、幅が地球1周分

【岡田監督のコメント】
残念。選手はよく頑張ったが、相手のセットプレーの高さにやられた。全体として守備を破られたことはなかったが、攻撃でボールをうまく回せなかっ た。(ワールドカップへの手応えは?)この1試合で手応えということはないが、着実に進歩していることは間違いない。(本大会まで)あと1年しかないの で、1日1日レベルアップしていきたい。

だそうです。正直、もうこういったセリフは聞き飽きました。ボールをうまく回せなかったのは、今に始まったことではないはずですよね?今まで一体何試合やってきたんですか?そのうち、何試合手応えを感じたのですか?今日は、いわば飛車角を欠いたメンツだったのかもしれませんが、選手はこの戦いから何を得たのでしょう?これまでの予選で失点ゼロだった豪州から一点をもぎ取ったこと、これが評価に値することだとするならば、ぜひとも勝ち点3も勝ち取ってほしかった。しかし、あの戦いぶりからそれを期待するのは、正直無理だったのかな、と。
非常に手厳しい意見だと承知で言わせていただきます。今日の戦いぶりには心底ガッカリしました。

野球とボールの決定的な違いは、使用する道具の数が違うことと、攻守の分け隔ての違い、といった感じでしょうか。
ただ、少なくとも今の岡田JAPANには、侍JAPANのような「ひょっとしたらやってくれるかもしれない」という期待感を持つことができませんし、それを感じることすらできません。相変わらずの決定力不足と、得意としているはずのセットプレーがまるで体をなしていませんでした。

試合に臨む選手からも、何か本気で勝とうという雰囲気が感じられないというか、アウェーの洗礼にのみこまれてしまっているというか。

目標はW杯4強を、と豪語しているようですが、とてもじゃないが今の戦術では、本選のグループリーグで勝ち点をもぎ取ることすら怪しいところ。1日1日レベルアップしていくとのこと、この際地球の端から端まで隈なく歩き回って、そのスキルを伸ばしてください。

もう、こういうストレスの溜まる戦いはうんざりです。
たまにはアンチ岡田JAPANの溜飲を下げるような戦いをして下さい。それが、今の岡田JAPANに望む唯一のお願いです。

河川敷のゴルフ場

岩木川河川敷ゴルフ場 債務超過で厳しい経営(陸奥新報)

弘前市などが出資する第三セクターの弘前ウオーターフロント開発が、2008年度決算で繰越欠損金が2億8704万円に上り、債務超過の状態にあることが15日、分かった。厳しい経営状況の中、市は、資本金の25%を出資し同社取締役の半数を派遣している立場から「会社の経営状況に十分留意しながらさまざまな観点から(今後の対応を)検討したい」との考えを示した。
(以下略)

ここの社長は、まさに弘前市の名士といっても過言ではないだろう。手前味噌ながら僕たちの仲人も務めてくださった方であり、亡父が自分の兄弟以上に懇意にしていた方である。
この会社の関係者には、これまた父の大先輩も含まれており、関係者の皆さんには失礼な言い方かもしれないが、もし仮に今、父が生きていたら、まず十中八九この騒動に巻き込まれ、関係各方面との調整、整理に追われていたことだろう。

僕自身このゴルフ場では、10年以上前に僕も2度ほどプレーしたことがある(というかゴルフ場でプレーをしたのは4度しかない)のだが、「市民ゴルフ場」と名付けているとおり、初心者でもかなり気軽にプレーできるところではある。ただ、ゴルフを趣味としている人にしてみれば物足りなさが残るコースであり、片やゴルフ初心者には、「市民ゴルフ場」とは言えども何となく敷居の高いところであった。

何よりも記憶に残っているのは、岩木川が大増水に見舞われたとき、ここのゴルフ場がスッポリと水に覆われてしまい、水が引いた後に出てきた、コースの上に残された大量のゴミと、池の錦鯉が川に流されて全て居なくなっていたという、笑うに笑えない出来事だ。

しかし、繰越欠損金が3億円近くなってからこれを公表し(しかも議員の答弁という形で)、しかもこれから今後の対応を検討するというのは、あまりに遅きに失した感が否めない。

各地で第三セクターが軒並み経営不振に陥る中、「河川敷よ、お前もか!」といった思いに駆られる。

このご時世、もはや「市民ゴルフ」が文字通り市民権を得るとも思えず、債務超過に陥っているという状況を考慮しても、遅かれ早かれ「決断」をしなければならない時期はやってくるだろう。問題はその「決断」を誰がするのか、そしてその「責任」を誰が取るのか、ということに絞られてくるに違いない。

ひょっとしたらその間、父はあっちへこっちへと振り回され、そのことが家庭内不和の温床になっていたかもしれない。

正直今回ばかりは、今ここに父がいなくてよかった、と安堵している。

トラブルは水際で防げ、とはいうが、もはやこの問題に関しては水際どころか腰の上あたりまでに水が来てから「何だか冷たいな」と感じているようなものだ。
関係者にしてみれば、「やっかいな話はこの際水に流して...」と行きたいところかもしれないが、残念ながらこの件はそう簡単に水に流す、というわけにはいかないだろう。今までやってきたことはもはや「覆水盆に返らず」であり、こうなってしまえば、「水泡に帰するだけ」、とばかりに匙を投げ出し、責任の押し付け合いが始まるのだろうか。

どうやらこの件については「雨降って地固まる」とは行かず、これから豪雨が待ち続けているような気がする。果たしてどんな形で幕引きがはかられるのか、父に代わり傍観者の気分で注視していこうと思う。

2009年6月16日

Tamar Davis 「Milk & Honey」

お蔵入りとなったTamar Davisの「Milk & Honey」。
背景にどんな事情があったのかはわからないのですが、Princeの「Black Album」同様、何事もなかったかのように発売中止となり、その後表舞台からは忽然と消えてしまいました。
発売する予定だったユニバーサルを除いては(笑)。

しかし、ユニバーサルさんも発売中止したんだったらもういい加減、ここのサイトも消しちゃえばいいのにね。

具体的な内容も決まっていましたし、発売日も結構迫っていたことを考えても、どうせそのうちどこかから音源は出てくるだろうと思っていましたが、結局その音源を見つけ出すことができぬまま、ほとんど諦めかけていたつい先日のこと。

音源がブート盤になって出ているという情報をKIDさんの日記で知り、早速探してみたところ、Prince名義の「WOW」というブート盤に収録されているということ。早速ネットで購入してみました。

しかし、ブート盤はもう購入しないと決めていたのですが、この作品...いや、Tamar Davisの「Milk & Honey」だけは、どういうわけか是が非でも一度聞いてみたいと思い続けていたこともあり、このアルバムが丸々収録されているということを知り、ついついポチッとしてしまいました。
何でも、Tamarの音源なんて、探せばあちこちから出てくるらしい、というのに。

ハッキリ言って、他の収録曲はどうでもいいです。Disc1なんて聞いたことのある曲ばかりが並んでいて、NPGMCでDLできた音源や、同じくGlam Slamで流れていた音源など、何か今更なぁ、といった感じですが、そこはプライベートレーベルということで目をつぶりましょう。

そして、Disc2の前半12曲がTamar Davisの日の目を見ることのなかった音源。
要するに、「Milk & Honey」のフルアルバムです。
どうもTamarの差替え的な印象の強いBria Valenteと比較すると、あちらがムーディーな雰囲気ならば、こちらは結構キャッチーなサウンドが続きます。うーん、これをオクラ入りしてしまうなんて、可哀想だなぁ...。

実はまだ一度しか聞いていないので、感想はこの程度しか出てきません。少なくともこの声は嫌いではないのですが、何度か聞いているうちにまた違った感想、印象を抱くかも知れませんね。

Prince  Wow!

Disc 1 (79:44)

1. COMPUTER BLUE 2. I WONDER U (FLUTE LAYER) 3. I WONDER U (FULL ORCHESTRA) 4. WOW (DEMO) 5. WOW (SEXY MF GROOVE) 6. MAKE BELIEVE (BLACK MF GROOVE) 7. MAKE BELIEVE (HOUSTYLE) 8. I'LL DO ANYTHING (BLUES DEMO) 9. DAMN U (SAX MIX) 10. SAN JOSE JAM (NPGMC GLAM SLAM VIP ROOM) 11. GLASS CUTTER (NPGMC DEMO) 12. AROUND THE WORLD IN A DAY (VERSACE COUTURE SHOW 2006 MIX) 13. LOLITA (VERSACE COUTURE SHOW 2006 MIX) 14. LOVE (VERSACE COUTURE SHOW 2006 MIX) 15. BLACK SWEAT (VERSACE COUTURE SHOW 2006 MIX) 16. KISS (VERSACE COUTURE SHOW 2006 MIX) 17. SHHH (VERSACE COUTURE SHOW 2006 MIX) 18. KISS (REPRISE) (VERSACE COUTURE SHOW 2006 MIX) 19. FEEL BETTER, FEEL GOOD, FEEL WONDERFUL (NPGMC DEMO) 20. ALL ALONG THE WATCHTOWER - BEST OF YOU (STUDIO / LIVE PERFORMANCE VERSION - HOWARD STERN SHOW BROADCAST JANUARY 20th 2007) 21. GUITAR (3121.COM VERSION) 22. LOVE (3121.COM ACOUSTIC VERSION) 23. SHELBY INTRODUCES PFUNK 24. PFUNK


Disc 2 (77:54)

Tamar - Milk & Honey
1. CLOSER 2 MY HEART 2. MILK & HONEY 3. CAN'T KEEP LIVING ALONE 4. HOLLA & SHOUT 5. KEPT WOMAN 6. HOLY GROUND 7. BEAUTIFUL, LOVED & BLESSED 8. REDHEAD STEPCHILD 9. ALL I WANT IS U 10. FIRST LOVE 11. SUNDAY IN THE PARK 12. BEAUTIFUL, LOVED & BLESSED (REPRISE)

Bria Valente
13. HERE I COME

Martika - Martika's Kitchen Outtakes
14. BEAUTIFUL FABULOUS 15. RUB U DOWN 16. THE DO

Sue Ann
17. MAKE IT THROUGH THE STORM

Delia Derbyshire
18. CLOUDS

Prince & The NPG
19. XENOPHOBIA XCERPTS

2009年6月14日

憩室炎の疑い

突然ですが私、ちょっと病人になりました。

腹痛を起こすのは今に始まったことではなく、どちらかといえば腸が弱い方という自覚がありました。それを確固たるものにしたのが、1年半前の大腸検査で明らかになった「憩室」の存在。

「憩室」というのは、大腸内にできるくぼみのことで、いわばポリープの逆のものです。大腸検診をすると、かかりつけのお医者さん曰く「10人に1人か2人はいる」ようなのですが、調べてみると、老齢者に多いそうな...(沈)。

この1週間ぐらい、何となく腹部に違和感を覚えていたのですが、それとは関係なく、木曜日の夜中に突如嘔吐(これがシグナルだった)。
翌金曜日の朝、満足に朝食も食えぬまま電車に乗り込むと、明らかな脂汗とこれまでに感じたことのない痛みを発症。
職場についてからも騙し騙し仕事をしようと思ったのですが、ついに耐えきれず、11時前に早退。
寄せては返す波のような痛みがジワリジワリと押し寄せ、とりあえず胃薬を飲んで寝てみることにしました。そういえば前の晩、あまり眠れなかったし...。

夕方になり、今度は体の節々に違和感を覚え、体温を測ってみると37.3度。
これって、風邪の症状かな?
すぐに病院に行けばよかったものを、大したことないとタカをくくっていたのが失敗でした。今度は風邪薬を飲んで休んでみましたが、こんどはあの腹部の痛みが強くなり、なかなか眠りにつけません。

結局翌朝になって体温を測ってみると、熱は引いていましたが、何となく腹部にはジンワリとしたあの痛みが残っています。
これは、放っておくと大変なことになるかも知れない...。

10時ころになってようやく病院に行く決心がつきました(遅!!)。

待合室には10名を超える人たちが診察に呼ばれるのを待っていました。診察券と保険証を提出し、状況を説明。
約1時間後、ようやく診察室に呼ばれました。

まずは問診から。血圧を測ると、上が150を、下が90を超えており、かなり高め。体温を計ると、下がっていたはずの体温が、37.5度まで上がっていました。

いったん待合室に出た後、再度診察室へ。ふと僕のカルテを覗き込むと、腹の絵ばかり(苦笑)。そりゃそうだ、31歳のときに急性胃炎発症でやってきて、昨年1月に大腸検査でやってきて、今回また腹痛でやってきているのですから...。

先生曰く「去年、憩室があることをお話ししましたよね。発熱するということは、外部からのウィルスによるものか、内部からの何らかの発信、双方が考えられます。今回の症状を総合すると、どうやら憩室が何らかのシグナルを発しているのかもしれません。憩室炎の疑いがあります。いわば、盲腸みたいなものですね。とりあえず抗生物質を5日分出しますから、様子を見ましょう。それで熱が下がらなければ...(ニヤリ)」
「ひょ、ひょっとして?」
「...そうですね、最悪、開腹ということも...。」
ゾゾゾッと悪寒が走るのを覚えました。

か、開腹!?
それだけはご勘弁を!!

結局昨日は一日中熱が下がらぬまま、寝たり起きたりの繰り返しで、多分起きていた時間は8時間もなかったのではないでしょうか。
今朝になり熱は下がり(というか下がりすぎたかも)、今のところ熱は上がっていません。

しかし、まだ当面様子見の状況は続きます。

それにしても、これほど食事制限しているのに、身体を動かしていないので、体重がほとんど変わっていないのが悲しいかな...。

三沢が、死んだ

一昨日から体調不良で、寝たり起きたりを繰り返していた(この件については、のちほど)のだが、今朝の新聞の社会面を見てぶっ飛んだ。

三沢光晴が、死んだ...?

えっ?えっ...?

事態を飲み込めぬまま、徳光さんの番組なら...とチャンネルを回すと、案の定、日テレ系8時からの番組で、「事故後」のシーンが放映されていた。緑色のタイツを履いたままの三沢がリングに横たわったまま、斎藤・バイソン組が勝ち名乗りをあげているが、明らかに状況がおかしい。しかし、微動だにしない三沢の姿に、リング上そして会場が騒然となる。心臓マッサージが始まった途端、事態を飲み込んだ観客から悲鳴に近い声と、「三沢コール」が交錯する。
しかし、三沢光晴の体は既に生気がなく、ゴム人形のように上下するだけだった。

そのシーンは、(二度のCMを挟んで)10分以上続いた。目を離すことなく、三沢光晴の最期を見届けたが、あまりの衝撃に涙も出てこなかった。

動揺を隠しきれず、狼狽する徳光さんの気持ち、わかるような気がする。

確かに最近の三沢はシングルではなくタッグ戦が多かった。社長業との兼業、満身創痍...いろいろ重なった結果といってしまえばそれまで。でも、現役の、それも第一線で活躍する選手のリング上での死は、ジャイアント馬場やジャンボ鶴田、橋本真也、冬木弘道らが辿った死とは、ちょっと意味合いが違う...。

三沢という精神的な柱を失った今、これからのNOAHはどうなるのだろう。そしてプロレスは、どうなっていくのだろう。

ご冥福を心からお祈りします。合掌

2009年6月11日

朝5時の芝刈機

午前5時前、激しく屋根を叩きつける雨の音で目が覚めた。
「すごい雨だな...」

しかし、その雨の音の中に響き渡る重低音に気づくのに、時間は要さなかった。僕は雨の音ではなく、その重低音で目が覚めたのだ。

ウィーン...と鳴り響く低音。隣家の芝刈機の音だ。
しかし残念ながらその音は、庭に敷き詰められた綺麗な芝を揃えるために刈り取っている音ではなく、所々に生えた雑草を撫でる程度に刈り取っている音にしか聞こえない。
そして、時折刃が石を跳ね上げる音が混じる。

この音が気になり出すと、僕は全く眠ることができなくなる。
今日は雨が降っている分まだ音が緩和されているな、と思ったが、程なく雨脚は弱まり、けたたましいその重低音がますます耳障りになってきた。

隣家の方を見ると、わざわざオレンジ色の雨具に身を包んで作業をしている姿が見えた。

結局、僕が家を出る6時40分過ぎまで、間断なくその音は周囲に響き渡っていた。
その時間まで休みなく作業が続いているということは、その間、近所で苦情を言う人や苦言を呈する人は誰もいなかった、ということになる。
もっとも、音の一番近くにいる僕が苦情を言えば、恐らく作業は一時的に中断されることだろう。

閑静な住宅街とまではいわないが、この音が、どれだけの人たちの睡眠の妨げになったことだろう。
思い起こせば年に数度、必ずこの音で叩き起こされている。

少なくともこの作業は、平日の、朝5時から行う作業ではないはずだ。
それともこんなことに立腹する、僕の感覚がおかしいだけなのだろうか。

一つだけ言えることがある。
今、僕は物凄く眠い。そして、久方振りにあの音に叩き起こされたことで、非常に不快な思いに苛まれている。

2009年6月10日

iPhone 3.0 Software Update for iPod touch

iPhone 3.0 Software Update for iPod touch

新しい iPhone 3.0 Software Update for iPod touchをダウンロードして、ビデオを見たり、ゲームで遊んだり、音楽を聴くのがいっそう楽しくなる新機能を手に入れましょう。

最近アップグレードしていない人も、絶好のチャンス。最新のアップデートには、これまでのバージョンの魅力あふれる機能がすべて含まれています。

6月17日からiPod touch 2G用のアップグレードソフトウェアが登場するそうだ。米国Appleでは、$9.95でこのアップグレードソフトを提供することになったようで、恐らく日本でも1,000円前後での提供が予想される。これで万が一2,000円だったら、日本の「Apple Store」は「Bottakle Store」に改名した方がいい。

今回のアップグレード、特筆すべきは何といっても、Bluetooth対応になったということだろうか。
...といってもせいぜい、Bluetooth対応ヘッドフォンと繋げることぐらいしか思い浮かばないけれど(笑)。

そして、「致命傷」ともいわれたカット、コピーアンドペーストもiPod touchで使えるようになる。
どうやら一度アップグレードしてしまうと、2.xへのダウングレードはできなくなるらしいが、個人的には別にJB(脱獄)しているわけでもないので、多分何のことかよくわからぬままアップグレードしてしまうことだろう。

そして今回、iPhoneはバージョンアップした新機種が低価格で投入されるとのことだが、iPod touchの新作は発表が見送られている。
正直、あまりiPhoneには食指が動かないので、今持っているiPod touchの「最新版」をもう少し使いこなした頃に、新機種には登場してほしいものだ。

ただ、今の8GBだと動画をぶち込んだ時点で結構容量を食ってしまうので、今度は16~32GBに手を伸ばしてしまいそうだな...。
iPhoneも然り、他のものも然りで、自分で「買いたい」という物欲が渦巻いたときが買い時。「新しいのが出るまで待とう」なんてことをしていると、一生手に入れられないかもしれない。
かく言う僕は、まずは今持っているiPod touchを使いこなせないうちは(あるいはピクリとも動かなくなってしまうまでは)、次のステップには進めないだろう。

僕の場合、今持っているiPod touchの使用方法については

1 音楽を聴く
2 ジョギングデータを記録する
3 動画を見る
4 アプリをいじってみる
5 ゲームに触れる

といった程度で、実のところ無線LANも室内でしか使ったことがない。というか、外でLANに繋ぐ必要性が、今のところないのだ。なので、端から見ると「無用の長物」ということになってしまうのかもしれないが、それでも何だかなくてはならないものになりつつあるような、そんな感じである。

そのうち、64GB iPod touchなんてのが出てきたりして...(ないか)。

長さ233.2キロメートル

「1Q84」が100万部突破(時事通信社・6月9日)

作家村上春樹さんの新作長編小説「1Q84」(全2巻)について、発行元の新潮社は9日、7度目の重版(8刷)を決めた。全国発売から12日間で発 行部数は1巻56万部、2巻50万部の計106万部となった。同作品は発売前から注文が殺到し、品切れとなる書店が続出していた。

前例のない売れ行きの理由について、同社は「村上氏への社会的関心が高まっていることと、発売前に本の内容に関する情報を一切開示しなかったことで期待が大きくなった」(広報宣伝部)と分析している。


予言通り、というかわかりきっていたことではあるが、村上春樹の最新作『1Q84』は、今年のベストセラーに名を連ねることが確定したようだ。
このご時世に、まさにモンスター文学。ここまで爆発的に売れるのは、マスコミが散々騒ぎ立てたからだ、という人もいるが、これまでも彼の作品は何度もベストセラーになっているわけで、それ以前に「村上春樹」というネームバリューや、何かあるのではないかという期待を寄せた結果だと、僕は勝手に思っている。じゃぁ同じ村上という名の作家や、英訳するとレッドリバーという名前を持つ作家が、同様の手法で作品を発表したところでここまで騒ぎになるかといえば、それは違うと思う。
それだけ「村上春樹」が社会に与える影響は小さくなく、もはやノーベル文学賞に最も近いといわれる「村上春樹」は、日本にとって社会現象の一つになりつつある、というのは大げさだろうか。
かく言う僕も既に上巻を読み終え、下巻を読み進めているところである。相変わらず描写が非現実と現実の交錯みたいに進んでいる。取り上げる題材も、これまでの素材をふんだんに生かしている一方で、何となく性描写が過激なような気がする。...とまぁ、感想はこれぐらいにしておこう。

さて、233.2キロメートルは、この『1Q84』の内容とは全く関係がない。
何かというと、書籍の中に織り込まれたしおり紐の総延長である。仮に一冊のしおりの長さが22センチだとすると、106万部売れたということは、233.2キロメートル分の長さのしおり紐が必要だということになる。多分、実際のひもの長さは25~30センチぐらいもあるのだろうから、本当はもっと長くなるはずだ。ちなみに上・下巻で色が違っているが、それでも一つの書籍のために100キロメートル以上の紐が必要になる、ということだ。

おそらく150万部突破は時間の問題であり、あとはどれだけ発行部数を伸ばすか、ということになってくるが、それに伴い、あのしおり紐が一体あと何キロ必要になるのだろうか。

というか、それだけの同色の紐をどこから用意するのか、今はどれだけ発行部数を伸ばすかよりも、そのことが妙に気になる。

2009年6月 9日

今日は宵宮

そういえば今日は、うちから5件ほど隣のお寺の宵宮でした。
僕が小学生の頃はそれなりに規模が大きく、露店が敷地内だけでは収まらず、向こう数軒先まで店が連なっていたのですが、最近ではすっかりこぢんまりとしてしまい、帰り道にちらっと寄ってみたのですが、人もまばらで、何だかちょっぴり寂しい宵宮となっていました。

弘前市では、宵宮のことを「ヨミヤ」といいます。早いところは、5月から始まります。
まちなか情報センターによると、本日、新寺町の「エンマ様」が宵宮となっておりますが、「エンマ様」ではなく「エンマバサマ」が正しい呼称ではないかと、町内の者として勝手に考えております。
弘前市内では、これからほぼ毎日「ヨミヤ」が続きます。このうち、市内最大となる「ヨミヤ」は、8月3日の最勝院・八坂神社です。...あ、ねぷたの時期と重なってるし。
ただ、これほど行われている「ヨミヤ」のうち、実際に足を運んだことがあるのは5つ程度でしょうか...。

ちなみに、今日以降の宵宮(弘前市内のみ)は次のとおり。

6月9日(火) 稲荷神社 (和徳町、南富田、南大町)、エンマバサマ(新寺町)
10日(水) 七面様(独狐)
11日(木) 金山神社(富田)
14日(日) 護穀神社(住吉町)
15日(月) 神明宮(小人町)、竜泉寺(新町)
19日(金) 十一面観音(新寺町)→露店が2~3しかない。
20日(土) 鬼神社(鬼沢)
21日(日) 鬼神社大祭(鬼沢)
24日(水) 天満宮(西茂森、浜の町)
30日(火) 胸肩神社(品川町)
7月2日(木) 神明宮 (小比内)
7日(火) 淡島神社(高崎)、熊野神社(薬師堂)、富岳神社(境関)
9日(木) 稲荷神社(大清水)、富田稲荷神社(富田)
10日(金) 松木平神社(松木平)
11日(土) 大山神社(中野)
13日(月) 和徳熊野宮(松ヶ枝)、熊野宮(浜の町、福村)、三岳神社(三岳町)
14日(火) 八幡宮(石川、清水森)、熊野奥照宮(田町)
15日(水) 大沢神楽(大沢)、榎神社(元寺町)
18日(土) 貴船神社(取上)
20日(月) 高野山・法光院(城東)
27日(月) 広野神社 宵宮(小沢)
28日(火) 広野神社 大祭(小沢)
30日(木) 賀田夏祭り(岩木町賀田)、稲荷神社(新寺町、紺屋町)
31日(金) 賀田夏祭り(岩木町賀田)、八幡宮(八幡町)
8月2日(日) 乳井神社 宵宮(乳井)
3日(月) 乳井神社 大祭(乳井)、最勝院・八坂神社(銅屋町)
4日(火) 熊野宮(茜町)
12日(水) 茂森門前(茂森町)→お盆時期に合わせた出店。13日も同じ。
13日(木) 茂森門前(茂森町)、愛宕神社(岩木町駒越、岩木町植田)
17日(月) 清水観音(桜庭)、小栗山神社(小栗山)
18日(火) 高杉加茂神社(高杉)
21日(金) 石川送り盆(石川)
29日(土) 大石神社(大森)
9月18日(金) 岩木山神社 宵宮(百沢)
19日(土) 岩木山神社 大祭(百沢)
10月7日(水) 赤倉神社(種市)
10日(土) 稲荷神社(五代)

出典:弘前市まちなか情報センター

ちなみにこれ以外にも夜店祭りが行われたり、今月20日には、ここ数年毎年のイベントとして定着しつつある「古都ひろさき花火の集い」が開催されます。

困った500円硬貨

先日、青森駅の自動券売機で特急券を購入した際、お釣りとして見慣れぬ硬貨が出てきた。

一瞬偽造硬貨か!?と思ったら、ちゃんと「日本国五百円」の文字。そりゃそうだわ、JRの自動券売機から出てきたお釣りが偽造硬貨だったら、ちょっとした騒ぎになるよな。
で、家に帰って調べたら、僕の財布に収まったこの500円玉は、ちょうど去年の今頃発行された「日本ブラジル交流年及び日本人ブラジル移住100周年記念貨幣」だという。

しかもこの硬貨、発行直前になって著作権の問題で図柄の差し替えがあったりと、発行に至るまでに紆余曲折のあった、ちょっといわく付きの硬貨であるらしい。

この類の硬貨は普段当たり前に見慣れている500円硬貨とは明らかに違うため、正直お店で使うのも憚られる。まず間違いなく懐疑の目で見られ、「いや、これはあの、その、日本とブラジルの交流が始まって、えと、その、去年6月に発行された記念硬貨なんです」と説明しなければならないことだろう。ああ、ややこしい!!
そういえばあの2,000円札も、最初の頃は見慣れず使いにくい札だと思い、財布に収まったら、できるだけすぐ使うようにしていたが、あちらの方は普通に流通しているはずなのに、ここ数年僕の財布に収まった記憶がない。いったいどこに行ってしまったのだろうか。

それはともかく、何故自動券売機のお釣りからこんな硬貨が出てきたのだろう。誰かが投入した、ということなのだろうか。未だ試してはいないのだけれど、恐らくこの硬貨を同じ自動券売機に投入しても、ひょっとしたら通常の硬貨は認識せずに戻ってくるのではないのだろうか(ただ、重さも大きさもほぼ一緒らしいので、意外と大丈夫かも)。

もはや誰かの手から、自動券売機という雑多な中をくぐり抜けてきたこの硬貨を大事に保管したところで、その価値はおそらく永遠に500円のままだろう。
正直言って、一刻も早くこの硬貨を自分の手元からなくしたいのだが、なかなかそのきっかけがなく、ある意味財布の肥やしのようになっている。

まあでも折角なので、特急で帰宅しなければならない機会があったら、是非この硬貨で特急券を購入してみようと思う。

2009年6月 8日

僕が走る理由

昨日は父の月命日ということで、父の眠る墓へお参りに行った。早いもので9ヶ月という月日が流れたが、父を想う気持ちは揺るぎなく、そして一生悲しみは癒えないことだろう。

誰か先に来た人がいたようで、お墓にはまだ新しい花が添えられていた。恐らく、父と最後の時間を過ごすことになったあの方が来て下さったのだろう。すぐそばにある、N家のお墓にも花が添えられていた。

そこから僕は、走って帰宅することにしていた。
土曜日は雨が降っていたこともあり走れなかったため、日曜日は多少「遠征」しようと考えていた。
僕の走るルートは、固定されていない。大体が思いつきだ。ただ最近は、事前に距離を確認するために、ネットを利用して事前にルートを検索することも多くなった。それだけ、走ることにハマりつつある、ということだろうか。それと、一応前の週よりは少しずつ距離を伸ばそうという思惑だけはあり、家の周りを除いては、極力交通量が少なく(つまり危険でない)、あまり人目につかない(つまり誰かに話しかけられる心配がない)道を選ぶようにしている。

「ホントに走るの?」と訝る妻と母に別れを告げ、ゆっくりと走り出す。そのためにわざわざジョギングシューズに履き替え、ウィンドブレーカーを身にまとってきたのだ。
すぐ目の前にある長勝寺山門の前を抜け、裏通りを走りながら、弘前市りんご公園の方向に向かう。薄曇りの中、程なく両側にはリンゴ畑が広がる。左手にはりんご公園の小高い山が見える。日曜日の午前、走っている人も歩いている人もなく、車通りもほとんどない市道を、ただ黙々と走り続ける。しばらく変わらない景色ではあるが、緑が目に優しい。

走っている間、自問自答が繰り返される。

何故僕は今、ここを走っているのだろう?
僕は一体何をしたいのだろう?
こうやって走ることに、何の意味があるのだろう?
父は僕らのことを見ているだろうか?
父は今頃...?

答えを見いだせぬまま、息づかいが荒くなる。もう、いいじゃないか。でも、ここで足を止めるわけにはいかない。足を止めぬまま僕は、金属団地の横を走り続けていた。弘前南高校の横をすり抜け、緩やかな上りにさしかかる。ここを超えれば、あとは家まで下りが続く。
昔よく遊んだパチンコ屋は、跡形もなく消えていた。
広々としたむき出しのアスファルトは、今は一台の車も駐車することなく、毎日太陽や雨にさらされている。

このあたりから、徐々に交通量が増える。中高生の自転車の数も増えてくる。それでも僕は、黙々と走り続ける。

僕が世話になっている理髪店では、客が一人散髪していた。
右手にあるTSUTAYAには、待ち合わせなのだろうか、自転車に乗ったまま中学生が誰かを待っているらしい。

あと1キロ。余力を残しながら、黙々と走る。
ところで、ここまででどれぐらい走ったのだろう。時間も距離も、皆目見当がつなかい。

長い下り坂をスピード調整しながら走る。そして信号を右折、最後の直線に入る。ここで僕は、徐々にスピードを上げる。惰性ではなく、意図的に。信号は奇跡的にすべて青。一度も立ち止まることなく、無事に家までたどり着いた。走ろうと思えば多分まだ走れるだろうし、それほど辛くはないのだが、汗が滝のように流れている。

30歳の時に、生まれて初めて、そして恐らく生涯最後になると思われた10キロマラソンの大会に出たことがあるが、あの時の練習でさえ、毎週こんなに走ることはなかった。しかし一体、何が僕をここまで走ることに駆り立てるのか。

走ることに慣れてきた今となっては、父にレベルアップした姿を見せたいとか、そういうことではなくなっているような気がする。でも、その答えを見いだせぬまま、また今週末も汗を流すことだろう。

何となく、今秋の市民マラソンにはうっかりエントリーしてしまいそうな勢いだ。といっても所詮は俄かランナー、せいぜい10キロが精一杯だろうけど。

2009年6月 5日

新しいPCを買いました。

本日これから近所に住む方のお通夜に参列するため、本日午後14時30分から休暇を取り、既に帰宅です。

最近、物欲の嵐が訪れていて、何だかいろんなものに散財してます。半袖のYシャツ、骨が24本ある傘、ラルフローレンのバッグ、雑誌のバックナンバー、その他諸々...。

7年選手のバイオ君もいよいよ終焉が近づいてきたらしく、最近異音がどんどん大きくなる始末。
そろそろ買い換えようかなぁ、と思った時に、DELLのサイトでミニノートを発見、思わず購入してしまいました。
画面の大きさはこのご時世で10.1インチ、HDDはわずか160GB、メモリは1GB、プロセッサーが1.33GHzと、性能的には今のバイオに毛が生えた程度で果たして使えるのか疑問の残るところではありますが、何より個人的に苦手としているVista(職場でも使っていますが、本当に使い勝手が悪い!いろんな意味で)ではなくXPなので、許します。
昨日の晩届きましたが、実はまだ開封していません。「今ここで開封すると、セットアップしているだけで夜が明ける」という妻の助言によるものです。確かにごもっとも。
というわけでこれもまだ古いバイオからお届けしております。
データの移植やソフトのインストール、そして難関となるであろう無線LANの設定など、考えただけで具合が悪くなってきそうですが、これから長いつきあいになるのでしょうから、ゆっくり向き合いたいと思います。

妻には「PC買うよ」と伝えたつもりだったのですが、届いた4つの箱を見るなり「何、これ...」と怪訝な表情を浮かべていました。スペックを伝えると、さらに不機嫌に。そんな...(涙)。

ちなみにボディカラーは白!そしてキャリングケースの色は赤!
懐具合その他いろいろ寒風吹き荒れておりますが、せめて気持ちだけでもおめでたく...。

2009年6月 4日

青森・静岡便の就航は...無理かな?

静岡に待望の「空の玄関」 最後の地方空港開港
6月4日8時55分配信 産経新聞

全国で98番目の空港で、国が空港建設を抑制しているため「最後の地方空港」とも称される静岡空港(静岡県島田市・牧之原市、愛称・富士山静岡空港)が4日、開港した。建設地決定から20年余り、長距離移動は陸路に頼っていた静岡県に、待望の“空の玄関”が誕生した。

当初は3月開港予定だった静岡空港は、昨年9月になり、滑走路周辺の私有地に航空法の高さ制限を超える立ち木などが残ることが発覚。開港が3カ月遅れるとともに、滑走路を300メートル短縮しての暫定開港を余儀なくされた。

今年2月、地権者が石川嘉延知事の辞職を条件に障害物を除去すると明らかにしたことから、石川知事は辞職を表明。5月に予定通り立ち木が伐採され、今秋には2500メートル滑走路で“完全開港”できる見通しがついた。

早朝の開港式では、「立ち木問題」解決と引き換えに18日に失職する石川知事があいさつ。空港の行く末をこの日のあいにくの曇天に例えて、「曇り空にもかかわらず比較的視界良好で、空港の将来を暗示するような天気です」と述べると、会場は笑いに包まれた。

開港時の定期便は国内線が札幌、福岡、沖縄へ1日6往復。国際線はソウル線と上海線。7月からは静岡空港を拠点とする航空会社が、国内3カ所へ定期便を運航する。

紆余曲折を経てようやくたどり着いた静岡空港の開港。新型インフルエンザの影響で国際チャーター便が欠航になったり、既に今年度の赤字が見込まれるなど、前途多難の船出、ではなく離陸と聞いているが、「最後の地方空港」という触れ込みの割には、今ひとつ注目されていない感は否めないところである。

祖母の家の近くに1998年に開港した「大館能代空港」も、開港後は決して搭乗率が高いとは言えず、東北地方でもっとも利用者の低い空港になってしまった。しかしそれは「大館能代空港」に限ったことではなく、どの空港も、陸路に押されて苦戦を強いられているのが実態のようだ。思えば航路といえば、羽田便、大阪伊丹便、札幌千歳便ありきで、地方都市間を結ぶ航空ネットワークはあまり形成されていないのが実態だ。まぁそれは、いわば指標となる羽田・大阪伊丹・札幌千歳便の搭乗率が低ければ、他の路線で採算がとれるわけがない、というのが現実であって、航空会社にしてみれば、リスクを背負ってまで路線開拓する必要はない、というのが本音なのだろう。

さて、静岡空港が「最後の地方空港」と言われているとおり、これで国内における空港の開港が全て終わり...ということではなく、茨城県では百里飛行場という航空自衛隊の飛行場を、三沢空港と同じように民間共用化し、2010年に開港するという計画がある。東京都の米軍横田基地でも、同様の動きがあったが、騒音問題やいろいろな利害関係が交錯し、こちらはうまく話が進んでいないようだ。

ところで、青森と静岡は、あまり接点がないように思われる。
温暖な気候の静岡に対し、寒冷な気候の青森。
ミカンの名産地・静岡に対し、リンゴの名産地・青森。
本物の富士山を抱える静岡に対し、津軽富士(岩木山)を抱える青森。
ウナギの名産地・汽水湖の浜名湖がある静岡に対し、シジミの名産地・汽水湖の十三湖そして小川原湖がある青森。
これだけ比較対照に値するものを抱えながら、ほとんど接点のない静岡と青森。

青森空港は、ANAの撤退以来幾度となくダブル・トラッキングに向けた動きを進めてきた。
スカイマークの就航もあったが、いろんな面での利便性の悪さから、こちらも撤退を余儀なくされ、青森空港の国内便は現在、全てJALの運航となっている。

一度離れた「より」を戻すのは容易なことではなく、実際、再びダブルトラッキング化に向けてANA等との話し合いの場を設けているようだが、来年12月に開業する東北新幹線との競合を考えると、このタイミングでのダブルトラッキング化は非常に難しいのではないかと思う。

そこでふと考えたのが、静岡空港を「乗継ぎ空港」として考えた、青森・静岡間の新規路線就航である。
静岡空港のフライト情報を見ると、九州方面への路線が多数を占める一方で、東北方面への就航路線は一つもない。言い方は悪いが、静岡空港をはさみ、九州地方との連携をうまくとることができないだろうか。しかも静岡だと、名古屋まで新幹線で1時間で行くことができる。

もちろんこれを機に、接点のなかった静岡県との交流を深めることだって可能だろう。
青森空港から撤退したANAは、意外と利便性のよい地域(広島、福岡、仙台)へ就航していたのだが、乗り継ぎの良さや宣伝不足もたたってか、結局最終的にはすべて撤退を余儀なくされた(とりわけ仙台便については、我々の職場では「乗り継ぎにとどめ、仙台往復では極力利用しないように」とお触れが回ったほどだ。今思えば、せっかく就航した路線なのに、考えられない)。

県では、羽田の発着枠が増える際に、青森便の増便を目論んでいる。しかし、空港は羽田だけではない(それは、大阪・伊丹にもいえる)。
実は、神戸空港が開業したときにも同じことを考えたのだが、羽田や大阪伊丹の周縁空港を利用した、新規路線の開拓を検討しながら、ANAや他航空会社とのダブルトラッキングを進めていく、というのはどうだろう。

で、なぜ静岡と神戸かって?
沖縄直行便が複数便運航されているからです(笑)。

2009年6月 3日

今年の夏は早い

ここ毎年恒例となっておりました沖縄訪問、昨年は9月下旬に予定していたものの、9月上旬に突如やってきた父の急逝により、いろんな意味で泣く泣くキャンセルしておりました。
父の1周忌を迎えるまでは、どこへも出かけずにおとなしくしていた方がいいのだろうか、とかいろいろ考えていたのですが、急遽7月上旬~中旬にかけて沖縄を訪れることが決定しました。

悩む我々を後押しをしてくれたのは、意外にも母。
「あなたたちが出かけなきゃ、私、出かけられないじゃない。」

母は年4度あるJR東日本の「大人の休日倶楽部」会員パス(@12,000円)で上京するのが数少ない楽しみの一つとなっており、この6月下旬も上京を密かに虎視眈々と狙っているものの、出不精な我々に気を遣ってなのか、行くか行くまいか悩んでいるらしく、「せっかくだから行ってくればいい」という我々の助言も聞かず、未だ切符を購入していないような状況。

そんな中で突如浮上した「毎年恒例の」沖縄旅行の話に、母は「私はいいから、是非行ってこい。」と背中を押してくれたのです。
正直、昨年は8月ぐらいから、沖縄に行ったらあそこに行きたいここに行きたいの計画を立てていたのですが、結果的に行けなかったことで、計画そのものがすべて流れました。
残念ながら、その計画の記憶は父とともに見送ったため、脳の片隅にも残っていない状況。よって今年は、また水族館に行ったり、あそこに行ったり、例のところに行ったり...といった感じで、あまり代わり映えしないツアーになるかもしれません。
ただ一つ例年と大きく違うこと。それは、9月の台風シーズンではないので、台風の進路に一喜一憂することはないということ、恐らく梅雨明け後であることから、天候の心配をそれほどしなくてもいい、ということでしょうか。

せっかくなので、心おきなく楽しみたいと思います。

2009年6月 1日

盆栽が盗まれた...(涙)

そういえば、昨日久しぶりに馬券を購入した(日本ダービー)。
5頭ボックスの3連複で購入、不良馬場ということで多少の荒れはあるのかな、と思ったが、それほどでもなかった。強いていえば、1番人気の馬が馬群に沈んだことぐらいか。
しかし、入線した馬を見て僕は愕然とした。なんと僕は、1,2,4,5着の馬を購入していたのだ(3着の馬はハッキリ言ってノーマークだった)。審議のランプがつかないか期待したが、入線通り確定。
あともう少し蛯名騎手が差していれば、万馬券だったのに...。

さて、全くもって去年から、忽然と人や物が姿を消したり、消えたと思ったら突然また出てきたり。
そんな中、今年5月の「母の日」に、うちの母にあげた盆栽が消えていることがわかった。
我が家は、路面から奥まった場所にあることもあって、結構(いや、相当)無防備なところがある。
実際、玄関前の庭には山野草の鉢植えが多数置かれている。
確か以前も、鉢植えがなくなったという話になったのだが、結局何の鉢植えがなくなったのかよくわからない、というオチがあった。

しかし、今回は明らかである。
どうやら手癖の悪い輩が、留守の間に鉢植えを頂いていったらしい。
数多くの鉢植えの中にあって、僕が母にあげた鉢植えは異彩を放っていた。このままここに放置したら、盗まれちゃうかも知れないな、そう思っていた。気がついたらその場からなくなっていたので、てっきり母がどこかに置き場所を変えたとばかり思っていたら...。

犯人が誰なのかはわからない。しかし、今年の母の日は我が家にとって、例年とは違う、特別な意味を持つ母の日だったのだ。母は、日当たりのよい屋外に僕からもらった盆栽を放置しておいたことを悔やんでいるようだった。

僕は今、烈火のごとく怒りに満ちている。
値段にすればたかだか5,000円程度。そんなに目くじらを立てなくても...といわれるかもしれないが、これに関しては、値段の問題ではない。

他人の庭から無断で盗むという行為がどうしても許せないのだ。残念ながら犯人の目星が立たないのが癪である。
考えると、家までわざわざやってくるといえば宅配便、あとは...。まぁ多分、以前からこの鉢植えに目をつけていた人なのかも知れない。

そんなところに置いておく人が悪い、という声もあるかもしれない。確かにごもっともだ。でも、だからといって、わざわざ人の敷地から物をちゃっかりいただいていく行為を黙認していいのだろうか。

妹からは、「被害届を出した方がいい」というアドバイスもあったが、周囲で物盗りの被害に遭ったという声を聞いていないので、多分我が家の、それも鉢植えだけをいつかいただきたいと思っていたのだろう。

それにしても本当に腹立たしい。母がどれだけ心を苦しめているのか、その盆栽にどういう思いが込められているか、そんなこともつゆ知らず、他人の家から頂いてきた盆栽を見て、犯人は悦に入るのだろうか。

犯人を見つけたら、ちょうどいい具合に伸びた山椒の枝で、顔を思い切り叩いてやりたいものだ。