2013年11月26日

「彼女」のこと

彼女は、派手な色の衣装が好きだった。 どこで売っているのかもわからないような、赤や黄色そして緑といった派手な色の衣装を、季節に合わせて衣替えをするのが大好きだった。でも、なぜか彼女はいつも同じ色の衣装を身に纏っていた。 ...僕は、そんな彼女のことが好きだった。 秋も深まったある日のこと。彼女がぽつりと呟いた。 「もういい加減、この衣装にも飽きてきたわね。というかこの色、私には似合わないわよね...。」 その頃の彼女は、くすんだ赤色の衣装を身に纏うようになっていた。お世辞にも年相応とは言えないような、どこかどんよりとした色の衣装だった。 「...そ、そんなことないよ。似合っているよ。」 僕は慌てふためきつつも、苦し紛れに言った。 「ふふ...。自分でもわかってるから、いいのよ。気を遣わなくても。」 冷たい秋風の吹く中、彼女はそっと僕に微笑んだ。 翌週は台風がやってきたり、かと思えば初雪が降ったりと、散々な天気だった。彼女に会う時間も作れぬまま、イライラが募るばかりだった。 ようやく時間を作って彼女に会いに行くと、なぜか彼女は全裸で僕を迎えた。 一糸まとわぬその身体に目を向けると、年齢よりもずっと老けこんでいて、全身に皺が寄っていた。何となくたるんでいるような、そして色白というよりはむしろ、どす黒いような感じだった。 目のやり場に困った僕は、ただただ彼女から目を背けるしかなかった。 「やめろ!頼むから何か身に纏ってくれ!見ているこっちが恥ずかしいじゃないか。」 「あら、別にいいじゃない。私に似合う衣装なんて、もうないんだから。身体だってどす黒くてしわしわで、誰も見向きなんてしてくれない。だったら、裸になろうが何だろうが、あなたにも誰にも関係ないじゃない!」 吐き捨てるように言い放つ彼女。 「いや、でも...。」 困惑する僕に対し、彼女は次の言葉を制するようにピシャリと言い放った。 「うるさいわね!...でも、ありがとうね。今に見てて!私、貴方かビックリするぐらい美しくなってみせるから。ダイエットもするし、ひょっとしたら整形だってするかも知れない。...とにかく絶対に、貴方の、いや、みんなの注目を浴びるような姿に生まれ変わるわ!だから...だから、しばらく会うのはやめましょう...。」 その日から、彼女と会うことをやめた。 ...その年の冬はとても寒く、雪が多かった。雪が降るたびに、全裸の彼女のことを思い出した。 彼女のことは結局、一度たりとも忘れることができなかった。でも、いつかまた再会できるという、確信めいたものが僕の中でずっと燻っていた。 …そんな彼女と再会したのは、4月末のことだった。 「あら、お久しぶりね。」 …その姿に僕は、思わず息を飲んだ。 彼女は、醜い全裸を晒していた晩秋の姿とは、まったく異なる姿に生まれ変わっていた。 淡いピンク色の衣装を纏い、僕だけではなく、そばを通る人たち皆が、驚嘆の声を上げていた。 「何と美しい...。」「綺麗ね...。」 彼女の名は、「さくら」。 --- 来春も弘前公園に行くと、冬期間の剪定を経て、美しい花を誇らしげに身に纏う「彼女」たちと出会うことができます。 春が来るのが待ち遠しい。

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