2010年8月 6日

北国の春

僕の携帯電話の中には、多くの画像に紛れて数本の動画が収められている。
動画の中心となっているのは、推定年齢92歳の祖母キノだ。

祖母は80歳代前半まで、自らの足で歩き、北秋田からわざわざ電車に乗って(それも乗り換えまでして)弘前まで一人でやってきたこともある。
さすがに年とともに足腰が弱り始め、外出も控えるようになった(いや、正確には外出を控えるよう制止された、といっていいだろう)。
現在は、ほぼ寝たまんまの状態に近い(寝たきりではないので、ここは敢えて「寝たまんま」という微妙な表現とさせて頂く)。
ただ、弱っているのは足腰だけで、頭の回転は多少ずれてはいるものの、まだまだといった感じだ。

実際、耳が遠いわけでもなく、こちらからの問いかけにも即答するし、足腰と多少のボケを除けば、まだまだ十分行けそうな感じだ。

しかし寄る年波には勝てず、また、介護する家族の負担も大変であるため、現在は老健施設に入居している。

さて、祖母の動画は、今年の正月に撮影されたものだ。
1月3日に誕生日を迎える祖母。親戚が集まり、お祝いしてもらったことがよほど嬉しかったのか、突然車いすに座ったまま「北国の春」を歌い始めた。
誰に口添えをされることもなく、自然とわき起こった手拍子の中、祖母は一人で、そして最後まで「北国の春」を歌い通した。なぜかつられて歌い出す一同。笑いと涙が交錯し、祖母が歌い終わった途端、親戚からは歓声と万雷の拍手がわき起こったが、恐らく誰もが祖母の健気に歌うその姿に心打たれ、感動したはずだ。いや、少なくとも携帯電話を手に撮影していた僕は、涙を抑えるのに必死だった。諸般の事情でお見せできないのは残念なのだが、多分ずっと消去することのない、大事な一本になったことは間違いない。

先日、祖母の入居する老健施設で夏祭りが開催された。
母もその場に行く予定だったのだが、あいにくの悪天候(その日北秋鹿角地方では大雨洪水警報が発令され、いわゆるゲリラ豪雨のような雨が降っていたのだ)で行くことを断念。結局、近くに住む伯父夫婦が祖母の見舞いがてら夏祭りに足を運んだそうだ。

お年寄りによる他愛のないアトラクションの後、職員が「カラオケ歌いたい人!いますか?」と声を掛けた途端、いの一番に手を挙げたのが何と祖母。
そして、歌うは十八番の「北国の春」。

一時は入院で「ひょっとしたら...」の手前までいった祖母が、相変わらず大きな声で、歌詞も見ずに歌い上げる姿に、伯母は人目も憚らずボロボロと涙を流したそうだ。

祖母がどういう思いを抱きながら歌っているのかは知る由もない。いや、ただ「歌いたい」という「意欲」があっただけで、多分何も考えていないのだろう。

そういえば正月以来、祖母とは顔を合わせていない。最近は記憶の回路がショートを起こしているみたいで、ずれた発言をすることもよくあるようだが、顔を忘れられないうちに祖母の見舞いに足を運んでみたい。

祖母の「老いても生き、楽しむ」という意欲を、見習わなければならない。

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